アルバイト急募! メイド喫茶で簡単な接客とお皿を数えたりするお仕事です。

しゃぼてん

第1話

 日暮れ時、私は悩みながら人気のない川沿いの道を歩いていた。


 あぁ、今月残り1000円……。飢え死にしそう。

 もう大学やめようかな。

 昔の大学は、遊んでいても卒業できたらしいけど。

 今はちゃんと授業に出て課題をこなさないと単位がとれない。

 バイトをフルにいれて、毎日ヘトヘトなのに、この金欠。

 友達の中には夜の仕事で稼いでいる子もいるけど、そこまでして大学に通い続けるのは……。

 一年休学して、お金をためようかな……。


 そんなことを考えながら歩いていると、暗い声が聞こえた。


「臨時アルバイト募集中です。どうぞ」


 差し出されたのは、バイト募集のチラシ。「アルバイト急募!」と「メイド喫茶」という文字が見えた。

 私にチラシを渡したのは、川の傍に立つ顔色の悪い暗い表情の黒服の男性だった。


「どうですか? メイド喫茶。人手不足なんで。今日だけでもいいです。時給ははずみますよ。その気があれば正社員登用もあります」


 飲食店のバイトなら、今もやっている。

 どこも人手不足だから、引く手あまた、ではあるけど、どこも時給は安い。


「時給っていくらですか?」


「初日は研修で時給4000円です」


 研修中で4000円! 

 高すぎて、あやしい……。


「あの、実は夜のあやしいお店じゃないですよね?」


「いえ。夜、営業しますけど、まっとうな喫茶店です。お酒はだしませんし」


 暗い男はぼそりぼそりとそう言ったけど、説得力がない。

 やっぱり夜のお店か……。

 でも、背に腹は代えられない。

 このままじゃ、今月を乗り越えられない。


「お店の場所は? 駅前ですか?」


「ここです」


「ここ?」


 ここは人気のない川ぞいの道。お店なんて……。

 そう思った私は、川の傍に小さな喫茶店らしき木造の建物があるのに気がついた。

 レトロなリバーサイドカフェといえば、おしゃれに聞こえるけど、このお店はなんだか陰鬱な雰囲気が漂っている。

 これ、本当にメイドカフェ?


「今から面接できます。今夜だけでもいいので」


「お給料って、今日すぐにもらえますか?」


「大丈夫です」


 今夜ここでバイトすれば、今月を乗り越えられる。

 私は男に連れられ、お店の中に入った。

 開店前のせいか店内は薄暗く、じめじめしている。

 私は店長だというきれいだけど暗い雰囲気の女の人の面接を受けることになった。


 面接の間、店長は抑揚のない口調でニコリとも笑わずに冗談ばかり言っていた。

 「首をのばせますか?」とか「顔を消せますか?」とか「口は裂けますか?」とか。

 いくつかの冗談に私が「できません」と答えると、「何もできませんね。でも、幸薄そうなその暗いお顔はよろしいかと。では、お皿をかぞえてもらいましょう」と店長に言われて、私はさっそく働くことになった。


 川からの湿気のせいか、じめじめとしていてうすら寒い、暗い店内で、私は接客の説明を受けた。

 この店の接客に明るさとか愛嬌、ハートとかスマイルは全然いらないらしい。

 メイドカフェなのに……?


 落ち着いた雰囲気の店内の様子をしばらく見ている内に、私は勘違いに気がついた。 

 ここ、メイドカフェじゃなさそう。

 どうも別の種類のコンセプトカフェっぽい。


 店長は言った。


「お客様には二種類ございます。一方は、ここでお休みになられた後で、あちらのドアから出ていかれる方。その方々には、ご注文通りのお品を出してください。余計なことをする必要はありませんよ。渡し守がやってくるまで、ただ心安らかにここで待ち時間をお過ごしいただければよいのです」


 つまり、普通の飲食店の接客でよさそうだ。たぶん、リバークルーズの発着を待つお客さんなんだろう。


「もう一種類の方々は、まだその時ではないので、すぐに帰っていただかなければなりませんが、そのために、少々おどかす必要があります。お品物を出す時に、例えば、このように」


 店長はさっと自分の手で顔をかくして見せた。

 そして、店長が手を動かすと、目も鼻も口もすっかり消えて、のっぺらぼうになっていた。


 すごい! この店長、手品うまい!


 私は、感動しながら理解した。

 どうやら、ここは、メイドはメイドでも「冥途」の方のコンカフェだったらしい。


「わかりました。お化け屋敷的なコンセプトのカフェなんですね。それで、おどかしてほしいお客様はどうやって見分ければ?」


「こちらでお知らせいたします。では、あちらで着物に着替えてください。お皿も用意しておきます。決まり文句はご存知ですか?」


「はい。皿屋敷のお菊さんですよね。いちまーい、にーまーい、って9枚まで数えていくんですよね。まかせてください」


 着替えた後、私は冥途喫茶での接客を始めた。

 このお店、お客さんたちにも、かなり気合が入っている人達がいた。

 特殊メイクで顔から血を流している人もいれば、骨がとびだしたり、内臓っぽいものが見えている人までいる。


 でも、そういう気合の入ったお客さんは、みんな通常接客なのが、ふしぎ。リバークルーズは仮装推奨なのかな。

 おどろかさないといけないお客さんたちは、意外と普通で、ジョギング中っぽい服装の人とか、よっぱらったサラリーマンとかが多かった。


 なぜか全然疲れなかったので、私はその晩ずっと働いた。

 この冥途喫茶でのバイトは、けっこうよかった。

 通常接客のお客様は高齢者が多くて、静かに座っている人が多くて楽。「まだいきたくない。思い残すことが……」とぶつぶつつぶやいている人もいるけど、たいていの高齢者はニコニコ笑っていて、「ようやく愛しい人に再会できるんです」ってうれしそうに話しかけてきてくれる人もいた。

 たまに、「転生時にもらうスキルは……」とかよくわからないことを延々と語り続ける比較的若い男性客もいたけど。


 一方、お化け屋敷風接客ご所望のお客様をおどろかすのは、楽しかった。

 たいていのお客さんはノリノリのリアクションで走って逃げてくれたけど、私の力不足で平然としているお客さんもいた。そういう時は、すかさず店長や首をのばす手品が使える先輩がヘルプに入ってくれた。

 これで時給4000円なら、とてもおいしいバイトだ。


 未明、閉店の時間になって、私は店長に呼ばれた。


「今日のあなたの働きなら、このままここで働き続けてもらっても構いません。これから、どうしますか?」


 私は迷った。ここでのバイトは楽しそうだ。

 でも、夜の仕事で徹夜すると、1限の授業に出るのが大変で、学業に差し支えがでる。 


「楽しかったんですが、やっぱり夜のバイトだと勉強がおろそかになるので、遠慮します」


「そうですか。では、またいずれ、その時が来たらよろしくお願いします」


「はい。今日はありがとうございました」


「こちらこそ、今日は助かりました。以前は人手が足りない時にはキツネ様に入っていただいたものですが、最近はめっきり数が減って見つからなくて。では、こちらはお給料です。そちらの出入り口からお帰りください」


 私はお給料の封筒を受け取って、冥途喫茶の扉から外にでた。





 気が付いた時、私は見知らぬ場所で寝ていた。

 暗くてよくわからないけど、見たことのない天井がみえる。

 私が体を動かすと、とたんに声が聞こえた。


「シズ! シズ! よかったぁ。よかったぁ」


 お母さんが、私の傍で泣き崩れていた。

 家から私の住む町まで片道4時間かかるのに。

 なんでお母さんがいるの?

 あれ? ひょっとして、私、働きすぎて、帰宅途中に倒れちゃった?

 そんなことを考えながら体を起こし、周囲をみわたしながら、私はお母さんにたずねた。


「ここ、どこ? ……ひょっとして病院?」


 お母さんは泣きながら言いました。


「ほんとに、よかったぁ。あんた、川に入って溺れて、死にかけてたんだよ」


「え? 川? バイトの帰りに落ちちゃったの……?」


「あんたがふらふらっと川に入るところを、通りかかった人が見つけてくれて、たすかったんだけどね。昨日の夕方から、ずっと意識がもどらなくって」


「夕方? ……今って何時?」


 夕方といえば、私がバイトにスカウトされた頃の話だ。


「今は……午前4時半だよ」


 それは、バイト終了の時刻だった。



 私は過労で自殺未遂をしたと思われて、この後、ちょっと大変だった。

 私がどれだけ説明しても、みんな、あの冥途喫茶のことを信じてくれなかった。

 でも、私のカバンには、ちゃんと入っていたのだ。

 あの晩の給料が入った封筒が。

 もう、「その時」が来るまで、あのお店でバイトをするつもりはないけれど。

 

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アルバイト急募! メイド喫茶で簡単な接客とお皿を数えたりするお仕事です。 しゃぼてん @syabo10

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