後編


 ***



 私は教会本部の離宮に、隔離されることが決まった。

 離宮にはいくつもの魔法がかけられ、出入りできるのは権限を持つ者だけのようだ。緑の溢れた離宮内には、眠ったままの姉と数人の使用人のみ。


 私たち神々の子孫は、短命──と言うよりも大人になると皆、眠いについて目覚めなくなる。

 その理由は、恋人や友人たちの存在が大きい。


 私たちは大なり小なり、一日で生きて死ぬ。次の日に記憶を持ち込めない。だから皆忘れないように、特別な魔導書に記憶を、思いを書き連ねて残そうとする。

 覚えてなくても私が私だった軌跡を読みながら、他者との繋がりを残そうとした。それこそが生きる活力であると言ってもいい。


 しかし思い人と結ばれることは少ない。神々の血を薄めたくないと王家と教皇聖下の考えなのだろう。私たち神々の子孫は生きているが生きようとする意志が弱い。

 関心も薄い。一日で生きて死ぬサイクルのせいだ。

 これは祝福であり、呪いでもある。それから逃れることはできない。


 私と姉は、その力をセーブして生きること、手帳にできるだけ細かく書くこと、やり甲斐を見つけて、ある程度の自由と権限を得て外の世界で生きることを望んだ。

 王家も教会上層部も、できるだけ神々の子孫を延命させたいとは思っていたのだろう。だから私と姉はわずかばかりの不自由と、市井での生活を許可された。


 これは私と姉の力が強く、眠る前に果実を生み出すことができるからこそ、日中の自由行動が許されたと言ってもいい。

 私は魔導書の解読に興味を持ち、姉はアクセサリーなどの小物を作るのを得意とした。


 上層部の目的は、更なる奇跡だ。

 果実を生み出す、それ以外の奇跡も望み強要した結果、姉は目覚めなくなった。

 姉からの最後の手紙には「好きな人と恋人になった」と便箋十七枚ほど情熱的な文章が綴られていて、笑ってしまったものだ。でも私も大して変わらないだろう。


『彼は北領国を治める人で、狼みたいに怖い顔をしているのに、照れたり、可愛らしいことばかりするの。彼、エドモンドと一緒になりたいと教皇聖下に相談したけれど、ダメだったわ。蛮族の血を入れる訳にはいかない、って。だから私は彼が迎えに来るまで眠ることにしたの。……そうすればもし彼が私を迎えに来なくても、その現実と直面せずに死ぬことができる。夢の中で、彼を覚えているまま眠る……それが今の私の抵抗と、自分の心を守る術……。アリサ、ごめんなさいね。きっと貴女にも迷惑をかけると思う。学院にも通えなくなるかもしれない。もしそんなことになるのなら、好きな人と逃げて』


 たった一人の身内を置いて行けない。それに私の好きな人はこの国で騎士になることだ。その夢を捨てさせるなんて、私にはできない。


 ずっと努力してきたのを見てきたのだ。そんな彼を巻き込めるわけがない。

 最初は遠目で見ているだけで嬉しかった。次に話しかけることが、できて舞い上がって、毎日挨拶をするのが当たり前になって、贈り物を送り合って、手紙のやり取りをするまでに漕ぎ着けた。そうやって積み重ねて恋人になった。

 そう恋人になれたのだ。


 キスもしたし、ギュッと抱きしめてもらった。お姫様抱っこだって──。

 幸せで、夢のような時間だった。

 この想いを抱きしめて、姉の想い人を待つ。

 それにまだオグリット様からの手紙が届く。だから、私は幸福だ。

 そう思っていた。



 ***



 その日はオグリット様に手紙を書くため遅くまで起きていた。

 私の場合は果実を生み出してもそのまま卒倒せず、普通に布団で眠るまで起きていられる。

 だから夜更かしもできるのだ。

 鉄格子の窓だが、窓を開けて夜風を感じることができる――そんな月が隠れるような夜の日。


「君がサクラの妹か?」

「!?」


 ノックも無しに部屋に現れた偉丈夫に固まってしまった。


(ここは特別な結界が張っているのに、どうして? 姉様だけでも――)


 私に声をかけてきたのは、短い髪に顎髭の偉丈夫だ。年齢は三十代前後で、肌は褐色、白銀の毛皮を羽織った屈強そうな男――どこかで読んだことのある特徴だと思った。


(もしかして)


 彼がエドモンド様ではないか。北領土の人たちは大柄で、強面だが気のいい人が多いと姉の手紙の内容を思い出す。


「サクラの妹のアリサです、エドモンド閣下」

「サクラから何か聞いていたのか?」

「はい! いつも姉からの惚気話を恋愛小説顔負けの分量で送ってもらっています!」

「ちょっと待て、サクラの奴、妹に何を書いているんだ!?」

「そんなことよりも、姉を迎えに来たのですか?」

「ん、ああ……。それもあるが、君のことも連れて行くつもりだ」

「私を……?」

「サクラから頼まれている。……それに国王と教皇聖下も今回の事で《果実姫》を我が領地に避難する許可を得た」

「国王と……教皇聖下……から? どうしてそんな急に?」


 エドモンド様は苦笑して、少しだけ私を憐れんだ。


「何も知らないのだな。いや意図的に知らされていなかったのならば仕方がないだろう。……現在、この国では王位争いが水面下で行われていたが、激化の一途を辿っている。第三王子エリーアスは野心家で王位簒奪に動き出した。既に第二王子デニス様は謀略に巻き込まれて亡くなっている。このまま王都に残れば《果実姫》はエリーアスの手に落ちてしまう。そうなれば《白銀の騎士団》の副官であるオグリットが揺らぐことにもなる」

「オグリット様が!? 副官になられたのですね! 手紙には何も書かれていなかったですが嬉しい知らせです」


 手紙にはその様なことは一言も書かれていなかった。普段の手紙にもあまり仕事のことは書かなかったのは、秘密事項だったのだろうけれど昇進ぐらい書いて欲しいものだ。

 私が喜んでいるとエドモンドは顔を強張らせる。


「エドモンド閣下?」

「……アリサ嬢。事態は私が考えていたよりも深刻なようだ。まず君と手紙のやりとりをしているのは恐らくオグリットではない。彼は魔物討伐のため半年前まで、我が領土に滞在していた。その宴の折りに、魔獣との戦いで大切な人から贈られた魔導具を無くしてしまった、と。話を聞くと手紙のやりとりができる高性能なものだった。未だに手紙が定期的に来ているのなら、筆跡を真似た別人。エリーアスの息が掛かった者だろう」

「そんな……」


 慌てて半年より前の手紙と、最近の手紙を見比べたが筆跡は殆ど同じだ。だが書かれている内容は――温度感が違う。指摘されてその事実に絶望するが、エドモンド様はさらに私に選択を迫った。


「アリサ嬢とサクラはこの塔で死んだことにして貰いたい。エリーアスの目をかいくぐるためにも荷物の持ち出しは禁止させて頂く」

「一つもですか?」

「すまない。死体は偽装して既に部下に運び込ませている。その傍で火を付けるので、ここに君たちがいた形跡だけはできるだけ残したい。だから――」


 だから「記憶を引き継ぐ手帳も全て手放して欲しい」と言うことなのだろう。

 私と姉の持つ手帳は魔導具の一種で、《終わりのネバーエンド無い手帳・ダイアリー》と言ってページに終わりが無い。


 神々が作り上げた技術で、神々の子孫に受け継がれていた。恐らくだが、神々と言うのは私と同じ前世が日本人だった可能性が高いと思っている。

 なぜならこの手帳に書かれている文字は、前世で見覚えのある日本語だからだ。もしかしたら神々の子孫とは、異世界転生の受け皿なのかもしれない。


(――なんて、話が飛躍しすぎかも。……オグリット様)


 この手帳を手放すと言うことは、今までの私の人生が終わるようなものだ。けれどそうしなければ王太子の布陣に綻びを作る原因になりかねない。

 政治的にも、私と言う存在にしても第三王子エリーアスの手に落とす訳にいかないのは分かっている。


「わかりました」


 それ以外の選択肢など私には残っていなかった。

 オグリット様との思い出だけで生きていける。

 そう思っていたのに、それすらも奪われてしまった。でもそうしなければ彼の身が危険に晒されてしまう。


 焼け落ちる離宮を見ながら、私は王都を去った。

 手にしていたお揃いの銀の腕輪も身代わりの死体に装着させた今、オグリット様と繋がる物も、思い出も、何もかも失ってしまう。

 その日ほど、「朝が来なければ良いのに」と思ったことはなかった。



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