第四話 黒い靄(7)

 配信が終わるとすぐにキララからメッセージが送られてきた。

《先輩がた、イブさん、どうでしたか?》

《すごく気持ち悪い。頭の中を縦と横、両方から揺さぶられてるようで》

 ユウコはそう発言してから、離席しますと謝るキャラのスタンプを送信する。

 わたしとキララはそれぞれに手持ちのスタンプで、行ってらっしゃいのマークをつけた。

《トイレにでも行ったんですかね》

《かもね。わたしも結構きつい。キララは平気なの?》

《分かることと分からないことが行ったり来たりして少ししんどかったです》

 逆に言えばそれだけで済んだということだ。キララは考えなしではないが、咄嗟の思いつきを形にすることも多い。そういうタイプは認識阻害に強いのかもしれないし、ときにわたしでも見逃す妙な現象を見つけるのも同じ理屈なのかもしれない。

《わたしは駄目、考えが上手くまとまらない》

 ふらつく頭でなんとか、配信で気になったところをユウコとキララに共有する。それだけで目が眩みだして、いよいよ限界に達しそうだった。

《ごめん、ちょっとトイレ行ってた》

 ユウコはわたしとキララに離席理由を告げてから、気持ち悪そうにしているスタンプを貼る。

《そういや、イブさんの意見はどうなの? さっきから全く発言がないけど》

 そういやさっきから全然反応がないなと思いながら後ろを向くと力なくぐったりしていた。こんな時に寝るやつがいるかと思いながら肩を揺さぶり、頬を何度か叩くとイブは苦しそうに起き上がり、深酒した大人のように首を横に振る。

「うへえ、酷い放送だった。鬼の酒を飲まされたときのよう」

 イブは部屋の端にある小型の冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、豪快に一気飲みする。

「大量の情報と認識阻害に頭を揺さぶられて意識が飛んじゃったみたい」

《みっともなく気絶してた》

「ちょ、そういうこと書くのはやめなさい。天狗の頭脳って象よりも忘れないけど、記憶量が甚大だから乱されると凄く揺れるの」

「長く生きてる弊害ってやつ? 一昔前の、デフラグを定期的にかけないと遅くなるコンピュータみたいな?」

「四次元ポケットの整理を忘れたドラえもんって例えのほうがしっくりくるかも」

 四次元の整理をどうやるんだというツッコミはさておき、イブは冷蔵庫からペットボトルをもう一本取り出すと、それも一気に飲んだ。

《分かった!》

 突如としてキララからメッセージが届く。そして間髪入れずに続きがやってきた。

《学校ですよ。夜はあまり出入りしない、窓や鏡が多い建物で、夜に一人だとすごく怖い》

 学校という単語に頭の奥がずきりと痛む。それはキララの答えが正解であることを、理屈よりもはっきりと示していた。

《舞台が学校で、色々なバリエーションがある。多くの人が盛り上がれるものって言うと、もうあれしかない。学校の七不思議》

 キララは間髪入れずにさらなるメッセージを送り、全てを語り終えるまで止まらないように思えたが、そこから一分ほど何の反応もなく。

《わたし、そんなもの追ってましたっけ?》

 そして自信なさげなメッセージが投稿された。かくいうわたしも何か違うような気がしてならなかった。

《七、でしたっけ。六だったような気がしてなりません》

《いや、八だろ。そうそう、八だった。八不思議、それであってるよ》

 キララとユウコの意見が見事に割れる。六不思議も八不思議もあって良いが、やはり定番といえば七不思議だ。

《もともと七だったけど、最近になって八に増えたとか?》

《学校の不思議について追っていたなら事前調査とかしてたはず。ちょっと探してみますので少々お待ちを》

 それから数分ほど経ち、テキストと画像データが届く。そこには六や八どころではない、もっと沢山の不思議が書かれていた。

《ユウコ先輩やサオリ先輩に共有した履歴がありました》

 指摘されて調べてみると確かにファイルが送られてきていた。これまでどれだけ探しても引っ掛からなかったのに、いまあっさり見つけられたのは認識阻害の影響が除かれたからに違いない。

 わたしはテキストや画像に書かれた不思議を一つずつじっくりと確認していく。どうでも良いような馬鹿らしい話が大半だったけど、読んでいるだけで目眩が急速に酷くなっていく。ここに重大なヒント、あるいは答えそのものがあるということだ。

 それは横から覗き込んだイブがすぐに辛そうになったことからも明らかだった。

 記されていた不思議は全部で二十四個。よくもまあ、こんなにも集めたと言うべきか。

《読み終えましたがバリエーション豊かでしたね。洒落にならないものから冗談みたいなものまで。けど、秘密が隠されているようには見えませんでした》

 キララの文章は無邪気で、わたしのような苦痛を抱えていないのが伝わってきた。

《まだ半分しか読んでない。きつい》

 対するユウコはイブほどではないにしろ、認識阻害に揺さぶられて辛そうだった。怖いものが苦手なことも関係しているのかもしれない。

《サオリは全部読んだのか?》

《当然。まあ、キララと結論はほぼ同じ》

《ほぼってことは、違う意見もあるんですか?》

 ユウコの問いに余裕を装って返信すると、今度はキララが訊ねてきた。

《意見というより気になったことがある。二十四個も不思議があるのに、その中に一つくらいは出てくるべきものがない。偶然なのか作為なのか》

《もしかしたらそれが、ユウコ先輩の言ってたクイズなんですか?》

《おそらくは。わざわざクイズにしたのはその意味するところが分からなかったからじゃないかと思う》

 でも、今は祖父を脅かしている現象と直結していることが分かっている。

《サオリ先輩は答えが分かってるんですよね?》

 だから答えを明かすことに躊躇いはなかった。

《わたしが用意した答えはトイレにまつわる話が一つもない、だと思う》

 キララからコメントが返ってくるまでに若干の間があった。

《トイレ、ですか? いや、うーん、そういうものなんですかね?》

《室内の薄暗さ、排泄中の緊張感、無防備さ、個室にこもることによる孤独感などが重なって、怖いことを感じやすい。鏡が置いてあるのもポイントが高いと思う》

《言われてみれば確かに、トイレの怪談って昔から有名なのがいくつもありますね。赤い紙青い紙とか定番ですし、トイレに入ったまま出てこない的な怪談も各地で散見されます》

《トイレが汲取式だった時代は子供の転落事故とか結構起きてたし、人気が少ない公衆トイレは犯罪の温床だったりする。そうしたこともトイレの怪談が定番になった一因だと思う》

《うへえ、生々しい事情ですね。これからは帰宅途中にトイレに行きたくなっても我慢しないと》

《駅とかの人通りが絶えない場所なら大丈夫。たまに隠しカメラとかあるけど》

《あの、サオリ先輩。さっきから怪談より怖いこと話すのやめてもらえませんか?》

 少し赤裸々に語りすぎてしまったらしい。わたしは反省のスタンプを送り、すぐに怒ってますよのスタンプが返ってきたけど、これはほぼほぼ許しますと同じ意味なのでほっと息をつく。

《そういえばユウコ先輩の反応がないですけど、またトイレですか?》

 まさかイブと同じように気絶しているのではないか。電話をかけて確認しようかと思ったところでようやく短い返信があった。

《いるよ。ちょっと考え事してた》

《何か気になることでもあったんですか?》

 キララが訊ねると、ユウコは一つの問いを投げかけてきた。

《トイレの怪談ってさ、もっと有名なのがなかったっけ?》

《有名なもの、ですか? 先程話した赤い紙青い紙は色々なバリエーションがあって、ものによっては原典より話題になったかもしれませんが》

《いや、それより有名なやつ。なんかあった気がするんだよな》

《うーん、言われてみれば何かあったような。サオリ先輩は心当たりあります?》

《ない。わたしはトイレの専門家じゃないし》

《それを言うならわたしも違いますよ。体育祭では一日の最大トイレ回数を更新しましたけど》

 しばらくあれやこれやと意見が交わされたが、どれもしっくり来るものではなく、明日以降の宿題ということで一旦、チャットは終了となった。

 ソフトを閉じると小さく息をつく。わたしが嘘をついていたとはキララもユウコも気づかなかったようだ。本当はユウコの疑問である有名なトイレの怪談が何かすぐに分かった。おそらく過去のわたしも同じ答えに達していたからだろう。

 明日の朝、それが本当に正しいかどうかを確かめるつもりだった。

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