第二話 柔らかな牢獄(2)

 今日は両親と一緒に映像作品を鑑賞する日だ。水曜日の夜はいつもそう。それ以外の日は夕食を終えたら各々の時間を楽しむんだけど。

 親子で同じものを一緒に楽しむってそれ自体は良いことなんだけどさ、わたしが持ってきたホラーや恋愛ドラマを二人とも微妙そうに観るんだよね。それでいてお互いの好きを尊重しようなんて言うもんだから、こちらとしてはなんとか頭を振り絞って両親の好みそうな作品を選ぶしかない。

 今日観たのは父の一押し、ウルトラマンの新作だった。両親は劇場に行ったけど、わたしは何かと理由をつけて一緒に行かなかったから今日こそはってことになった。

 物心がつかない頃は戦隊ものも仮面ライダーもウルトラマンも好きだったらしいが、今はそこまでの魅力を感じない。でも両親は当時のわたしを覚えているから、何かの機会があれば再び好きになるのではと期待しているらしい。

 新しいウルトラマンは面白かったけど、そう言うと古臭い作品をお勧めされそうだったから。

「良かったけど、不満に感じた点もあったかな」

 そう、はっきり言ってやった。

「ふむ、わたしも初めて観たときはいくつか不満に思うところがあったんだよ。モトコの不満点はどの辺りかな?」

 次からは別の作品にして欲しいという意味で言ったのだが、逆に父の興味を惹いたらしい。実は嘘だったと打ち明けるわけにもいかず、わたしは父の期待を感じながら即席の意見を口にした。

「ウルトラマンになれる男の人とヒロインっぽい女の人、あの二人ってかなり良い雰囲気になったのにキスの一つもしなかったけど、あれはおかしくない? だったら最初から男女の関係として描かなければ良かったのに」

 かなりもっともらしい不満だと思ったが、父と母は苦々しそうに顔を見合わせるだけだった。

「まあ、そういう意見もあるかもしれないけど、男の人はウルトラマンが憑依していた。全く別の星に住む知的生命体なんだ。地球人のように恋愛はしないだろう」

 父の発言に母は同意するように頷く。

「まあ、恋愛のように見えるのは分かるけど」

 それよりもさ、あの作品は初代ウルトラマンの再構成なわけだけど、だったらこのエピソードを削るのはおかしいと思うんだよね……でも詰め込みすぎると二時間では尺が足りなくなる、などとわたしの不満を余所において二人で盛り上がり始める。

 そういや以前、復座式のロボットを操縦して怪獣を倒す映画を観たときも安易な恋愛を描かないのが良いんだ、みたいなことで盛り上がってたな。そのくせ気に入ったカップリングを見つけると過剰に盛り上がったりする。

 なーんか一貫性がないんだよね。まあ、エモって単語を使ってるし感情的なんだろう。

 それでいて一話ごとの感想戦をやったりする。感情と論理を極端に行ったり来たりするのがオタクってやつなんだろうか。だとしたらわたしはオタクにはなれない性格なんだろうね。オタクの両親から産まれたのに。

 そもそも感想戦なんて無駄なこととしか思えない。素人が無駄に論じるくらいならその時間を使って一つでも多くの作品を観るべきじゃないのか。だって今の世の中、楽しいものはいくらでもある。立ち止まってる暇なんてない。そんなことを口にしたら両親に勿体ないと言われそうだけど。作品やキャラの安易な消費を嫌うんだよね。

 インプットが増えれば物語の型を読みとりやすくなる。その効果は着実に出ており、最近は二倍速の鑑賞でも問題なく話を理解できることが多くなってきた。両親は倍速再生なんて絶対にしないから、視聴してると妙にのろくさくて少し退屈。一緒に映画を観に行かないのも同じ理由だったりする。ウルトラマンなんて今更観に行くつもりがなかったのも本当だけど。

 大人になっても特撮好きな人って沢山いるけど、そんな人たちも一度は「これは自分の物語じゃない」って離れたことがあるはずなんだよね。わたしも小学生までは夢中で観ていたプリキュアを中学になったら全然観なくなった。大人になったらまた視聴するかもしれないけれどさ、自分のものって感覚はないだろうね。両親はプリキュアも自分のものと思ってるけど。

 創作が嫌いなわけじゃない。ただ両親とスタイルが合わないだけ。でも一歩引くのはいつもわたし。両親は細かい部分まで趣味が一致しているから、絶対に二対一になる。多数決で決めちゃいけないことなんていくらでもあるけれど、屁理屈と言われちゃいがちだ。

 両親の仲が良いのは子供のわたしにとって有利だというのは分かっている。不仲に晒されれば心は荒むし、家庭内暴力という形で結実することも多々ある。離婚になれば経済的困窮も発生する。

 贅沢なんだけど、たまに無性に辛くてこんなことを願ってしまうことがある。

 一度くらいは両親が不仲になって欲しい。そうすればわたしの意見を通せることがあるかもしれないのに、と。



 わざとらしく欠伸をしてリビングから抜け出し、自分の部屋に戻ると机の上に見慣れない人形が置いてあった。

 父や母が持っているドールやソフビとは造形が明らかに異なる。おかっぱ頭に着物姿だから一見すると日本人形のようだが、大きく強調された目元や柔らかそうな質感にはぬいぐるみらしさもある。何よりも奇妙なのは頭に生えている二本の角だ。

 近付いて品定めしようとすると、そいつは当然のようにぴょこっと立ち上がった。

「やあ、モトコ。それともキララと呼んだほうが良かったりする?」

 スマホを取り出し、連絡先からサオリ先輩を選ぶ。この手の人でないものに出くわしたら深夜であっても迷うことなく連絡して来いと言われているからだ。

「ちょ、待って待って。不審者が部屋の中にいますみたいな対応されると傷つくんだけど」

「初見でなれなれしく話しかけてくるようなやつは信頼するなって言われてるんだよね」

「なるほど……それでは草那くさなモトコさん、どうかわたしの話を聞いてはもらえ待った! その受話器アイコンをタップしようとしている指を引っ込めていただけませんか」

「あんた絶対に話聞いたらいけないやつでしょ? 連絡されたくなかったら部屋から出て行って。わたしの知り合いって霊とか化け物とかの問題にすごく強いんだから」

「重々承知しておりますとも。教導サオリと言えばここいらを長く根城にしている魑魅魍魎ちみもうりょうの類であれば決して逆らってはいけない。問題を起こせば容赦なく退治される。そのご学友に手を出そうだなんて、頭がおかしくなったと思われても仕方がありません」

「つまりあんたは頭がおかしいと?」

「滅相もない。わたしは至ってまともです。わたしは害ではなく益をなすためにやって来たわけで」

「座敷童やケセランパサランのようなものだと主張するわけね?」

「その通り。わたしはですね……どんなに仲の良い夫婦でも喧嘩させることができるんですよ」

 不仲を煽るなんてとんでもないやつであり、すぐにでもサオリ先輩に通報するべきだ。

 するべきだった。でもわたしは躊躇ってしまった。ろくでもないやつだと分かっていたのに。

「両親が離婚したら困るんだけど」

「そこまでの力はありません。ほんの少し心の在り方を傾けるだけ。両親の仲が良過ぎて困ってるんでしょう?」

 こいつはわたしの弱みを見透かしている。絶対に耳を貸したらいけないやつだ。サオリ先輩なら間違いなくそう言うだろう。

「三日だけのお試しコースもありますよ」

「訪問販売みたいなこと言うんだ」

「人間だって有料コンテンツに誘導するため、ある程度の機能を無料で使わせたりするでしょう?」

 あからさまに胡散臭い……でも、少しだけなら試しても良いのかもしれない。

 サオリ先輩なら駄目と言うに決まってる。でも、いつだって先輩が正しいとは限らない。間違うこともあるはず。これまでには一度もなかったけど。

 今回だけはわたしが正しいかもしれない。

「じゃあ、明日から三日だけ。言っとくけど変なことになったらサオリ先輩にチクるから」

「ええ、ちょっと仲を悪くするだけ。きっと満足のいく結果になるはずなので、乞うご期待」

 日本人形とぬいぐるみの合いの子みたいなやつは不敵な笑みを浮かべるとわたしの横を通り過ぎ、ドアノブに飛びついて器用に開けてから部屋を出ていく。

 開けたけど閉めていかなかったのが中途半端で、微妙に腹の立つところだった。



 翌朝、わたしは騒々しい物音によって目を覚ました。

 身支度をしてからダイニングに顔を出すと食卓に父の姿はなく、母は珍しく不機嫌そうな顔をしていた。

「父さん、今日は出かけるの早いね」

「日帰りの出張なの。帰りも遅くなるみたいで……」

 一応わたしの疑問には答えてくれる。でもどこかうわの空というか、いつもの元気さがない。

「調子悪いの?」

「ううん、そうじゃないの。いつも通りにゴミを持って行って欲しいと言ったら今日に限ってむっとするし、言われなくても分かってるなんてきついこと口にしたのよ。それなのにゴミは持って行ってくれなかったし、ドアを閉めるときこれ見よがしに音を立てるし……」

 わたしが聞いたのは父がドアを強く閉める音だったのだ。半信半疑……いや一信九疑だったけど、あの日本人形もどきは朝飯前の仕事として早速やってくれたらしい。

「あんな子供っぽいところがある人だったなんて」

 そこまで言ったところで母は慌てて口を手で塞ぎ、そっと外した。

「ごめんね、モトコに愚痴るなんて」

「別にいいよ、というかわたしだったら同じことをされたらもっと怒るよ」

「そう? 確かに腹は立ったけど、時間が経つごとにわたしの言い方が悪かったのかなあとか色々考えちゃって」

「きっと父さんもそう思ってるよ」

「なら、良いんだけど……」

 母は大きく息をついてからキッチンに向かったが、ほんの僅かな間に何度もミスをして、とても見ていられなかった。だから代わりにキッチンに立ち、自分で朝食を作った。

 気落ちしている母を置いていくのはしのびなかったが、きちんとした社会人なんだから仕事が始まるまでには切り替えるはずだ。

効果覿面こうかてきめんとはこのことね」

 家を出てから日本人形もどきに聞こえるようわざとそう口にしたが、返事はなかった。

「これが親の喧嘩ってやつか。なんか面倒だなあ」

 あいつは離婚しない程度で少しだけ仲を悪くするって言ってたけど、そんなもので済むのかな。

 ちょっと不安になってきたけど、家の中でわたしの意見が通りやすくなるのは悪いことではない。そう心に言い聞かせても、不安はじくじくと広がっていく。

 昨日よりはちゃんと寝たのに、まるで寝不足の時のように体が重たかった。

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