プロローグ はじまりの噂(2)

 下校時間を間近に控え、キララがバタバタと派手な音を立てながらサオリとユウコの教室にやってくる。時計を見ると下校まであと十五分、言い出しっぺの遅刻だが二人とも軽く息をつくだけだった。キララが夢中になって時間を忘れるのは今日に限ったことではないからだ。

「ごめんなさい、遅れちゃいました。いやー、わたしは待ち合わせがあるって言ったんですけど、相手の話が止まらなくて。ショットガントークって言うんでしたっけ?」

「ショットガンはウェディング。トークはマシンガンのほうだよ。で、なんか分かった? わたしのほうは空振りで、サオリは何も関係のない本を読んでるだけだし」

「図書室に手掛かりが何もないのは分かってたから。で、その手に持ってるやつね」

 ユウコにお気の毒様の目配せをしてから、キララはよれた表紙の冊子を机の上に置く。

「二十年前の文芸部の会報か。どれどれ、七不思議の出てくる作品紹介の付録として、学校の不思議を収集……残念ながら一つだけ足りなかったが、創作にひけをとらない不思議を集められたと自負している……」

「二十年前も六不思議なんですよね。時間がないのでちゃちゃっと要約しますと、校庭を走る足だけの幽霊、指喰いピアノ、絵を抜け出して空を飛ぶ女性の首、目玉が好物のフォークとスプーン、中庭を走り狂う二宮金次郎像、六時六十六分の亡霊、この六つです」

「キララの集めてきた三人分の六不思議とも被るものが全くないな」

「ええ、つまり二十四不思議。不思議あり過ぎですよね、この高校」

 ユウコが全くだと言いたげに頷き、それからサオリにちらと視線を向ける。

「どの話がむずむずする?」

「何一つとしてピンと来ない。でも七つ目の不思議が何かの見当はつけた」

 サオリはさてと言うことなく、沈黙やコマーシャルを挟むこともなく、不思議の一つを指さす。

「二宮金次郎か、その心は?」

「あ、わたし分かっちゃいました」

 サオリが口を開こうとしたところで、キララが騒がしく割って入った。

「うちの学校にそんなもの立ってないから。きっと歩きスマホを推奨してるように見えるからというお決まりの理由で撤去されたんですよ。当の偉人からしたら迷惑な話ですよね」

「この学校に二宮金次郎像が立っていたことはないから。ちなみにキララの話は俗説」

 あっさりと否定され、キララは僅かに顔を赤らめながらわざとらしい咳払いをする。

「でもさ、像がないってことはいよいよ全くの出鱈目なんだろ? 七つ目の不思議になるのはおかしくないか?」

「この学校に存在するはずがないものだからこそ、誰もが埋められない七つ目の不思議としてうってつけであると考えられる」

 サオリは堂々と答えたが、ユウコはその説に難色を示した。

「うーん、あり得ない話じゃないけど、その理屈はちょっと強引じゃないか?」

「ユウコの指摘は正しい」

 いつものように理屈で畳みかけてくると思いきや、サオリはユウコの言い分をあっさりと認めた。

「他の不思議にもさっきのような理屈を当てることができると思う。まあ、七つ目はさして重要じゃない。問題は七つの不思議にすら入って来ない、八つ目の不思議」

「サオリにはそれが何か分かってるのか?」

 ユウコの問いにサオリは大きく頷く。

「ええ。計二十四個の不思議全てを並べてみて。明らかにおかしい点があるから」

 そう促されてキララとユウコは二十四個の不思議を並べ、睨めっこを始める。もし二人が同じことに気付いたならば、今日にでも八番目を探しに行くつもりだった。

 だが二人とも成果がないまま、下校時間のアナウンスが流れてくる。だから一旦終了にするしかなかった。

「明日の放課後まで時間をあげる。それまでに答えを考えておいて頂戴」

「いつもは一人で謎を解いて突き進むのに」

 ユウコが額をもみほぐしながら言うと、サオリは小さく頷くのみだった。物静かながら自信にあふれている彼女が曖昧だなんて珍しいなと思ったが、訊いても答えてくれそうにないから、ユウコはそれ以上何も言わずにおいた。

「リスナーに訊いたら駄目ですか?」

「ノーグッド。自分の頭だけで考えて」

「はーい、頑張ります」

 キララは従順に答え、文芸部のまとめた六不思議を撮影すると、これまでに集めた十八の不思議と合わせてサオリとユウコに共有する。

 それでこの場はお開きとなった。

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