ガールズ・イン・トワイライト

仮面乃音子

プロローグ はじまりの噂(1)

「そういえば、先輩がたは七不思議の八番目ってご存知ですか?」

 キララがいきなり矛盾の塊を投げつけてきて、サオリとユウコは思わず顔を見合わせる。口には出さないが、この後輩はとうとうおかしくなったのではないか? という思いが互いの顔に浮かんでいた。

「七不思議なのに八なのか?」とユウコ。

「だから不思議なんですよ!」

 そこが重要なのだとキララは声高に主張する。

「そもそもこの高校、七つも不思議があるの?」

「むっ、夜不可視よふかしの会員らしからぬ発言」

「わたし、会員になるって言った覚えないし」

「えーっ、こっちはずっとカウントしてたのに」

「そもそも同好会申請もしてないから、野良犬みたいなものじゃない?」

 いつもの言い争いだが、今日は珍しくキララが舌を収めた。普段はユウコがうんざりして、キララの勝利宣言で終わる。どちらにしてもサオリには不毛で平和で仲の良い会話に見える。

「六つまでは収集できたんです。理科室の怪人、旧三年十組の幽霊生徒、元視聴覚室のお化けプロジェクター、体育倉庫の首吊り生徒、伐採しようとすると呪われる桜に、昼ご飯を食べない先生」

 七不思議に入れるには強引過ぎる噂もあるが、サオリもユウコも指摘しなかった。学校の七不思議なんて嘘だと考えているからだ。サオリとユウコでは根拠がまるで異なるのだけれど。

「八つ目どころか七つ目も分からないのか?」

「そう、それも不思議なところなんです。この学校って生徒が多いし歴史もあるから、その手の話って事欠かないですよね?」

「そんな話聞いたことないけどなあ」

「ユウコ先輩はこれまでずっと拳で生きてきたからじゃないですか?」

「脳に筋肉しか詰まってないような言い方はやめて。人並みには勉強してるし、ニュースだって毎日読んでる。こう見えて顔も広いし、方々からの噂や情報は嫌でも入ってくる。この学校に目立つ不思議があれば小耳に挟んでいないはずがない」

「でもなあ、ユウコ先輩は怖がりですから」

 キララとユウコの間に火花が散り、二対の瞳が揃ってサオリのほうを向く。

「サオリ先輩なら知ってますよね?」

 サオリはこちらに話を向けるなと訴えるようなうんざり顔を浮かべる。だが何か言わなければこの場が収まらないことは理解しており、言葉を選んでから慎重に口を開いた。

「やばいのがいくつか、そうでないものは沢山。だからそれなりに感じる人なら七つくらい簡単に収集できる」

「感じない体質なら知らなくても不思議はないってことか」

 ユウコはその答えに思わずほっとする。夜不可視を始めてから少しずつ敏感になりつつあるのを見ないふりでやり過ごしているだけだが、サオリは指摘しなかった。ユウコが怖がりであることを熟知しているからだ。

 キララもまたサオリの答えに納得するものがあったようで、小刻みに何度も頷いて見せた。

「そっか、じゃあ不思議が七つ以上あってもおかしくないってことですね」

「でもさっき、六つしか知らないって言ってなかったっけ?」

「六つ知ってる人が他にも二人いるんですよ!」

 ユウコは額を指でぐりぐりと押さえる。キララの発言に何か冴えたことを返そうとしていたようだが、上手くいかなかった。

「これでは七不思議と言えないですし、八つ知ってる人がいてもおかしくないってことになりますよね?」

「まあ、そういうことになるな」

「七不思議の八番目なんて謎でもなんでもない。六かける三の十八、十個を崖に投げ捨てても問題ありません」

「そもそもそんな話を誰から仕入れたんだ?」

「昨日の配信でコメントした人がいたんです」

「うさんくさー」

 ユウコの発言にキララは頬を膨らませる。

「赤コメ、つまり一万円の価値がある発言なんだから、単なる嘘なはずがないと思います」

「特定目的かもしれない。七不思議の八番目について調べている生徒がいたら大当たりってやつ。珍しいものを道路に置いて行動圏を推測するとか、そういうやつの派生版というのはありそうな気がするな」

「げー、それってストーカーってことですか? いや、そうかもしれないとは思ってましたけど」

「単に特定中毒かもしれない。そういうのを趣味や遊びでやってる人は割といるらしい」

「どっちにしろ七不思議の八番目なんて、存在しないってことですか?」

 キララは不機嫌から一転し、すっかり意気消沈してしまった。

「噂なんて的外れで当たり前だしさ。一度や二度外れたくらいで落ち込むなって」

 キララの感情や機嫌が行ったり来たりするのはいつものことだが、今日は割と本気で落ち込んでいるように見えた。だからユウコは少しだけフォローしたのだが、キララはすぐに顔から暗さを消し、拳をぐっと握りしめた。

「そうですよね、これまでも外れっていくらでもありました。あの嘘つきはバンして、今回はそれでおしまいにします」

 すっかりとモチベを立て直したところで、サオリがそっと手を挙げる。

「キララ、他の二人が知っていた不思議はどんなものか分かる?」

「はい、メモってます」

 キララはスマホのメモを立ち上げ、二人分の六不思議を読み上げる。

「一人目が決して告白してはいけない柳の木、いつのまにか校庭に転がっているサッカーボール、教頭先生の空飛ぶかつら、百円玉ばあさん、園芸部の畑に生える奇怪な植物、首をはねる危険なウサギ。二人目が音楽室の空飛ぶトランペット、図書館を支配する魔導書、二年四組の教室でこっくりさんをやると現れる悪霊、冬のプールに現れる魚人、十二階段の謎、前物理教師の襲いかかる入れ歯」

「三人とも見事にバラバラだなあ。教師の食事事情や頭髪事情を不思議に入れて良いかどうかは疑問だけど」

 そこはキララも頷かざるを得なかったし、ここまで不思議が被らないと作為的なものを感じる。もしかするとくだんの発言者、六不思議の提供者二人が揃って自分を担ぎあげたのではないかとさえ思えてきた。

 そこまでされるほど嫌われているのだとしたらショックだが、発言者の意図しないことを勝手に読みとって勝手に嫌うのは現実でもネットでも日常茶飯事だ。仕方ないと思いつつ憂鬱がのしかかり、思わず息をつきかけたところでサオリが再び手を挙げた。

「同じものはないけど傾向の似てるものはある。もっと母数を増やして絞り込みしたい。あるいは過去に七不思議を取り扱った生徒がいたかどうかを調べるとか。新聞部や文芸部ならやってそう」

 いつになく積極的なサオリに、今度はキララとユウコが顔を見合わせる。

「何よ、熊に突然遭遇したような顔をして」

「いや、こういうのサオリは面倒臭がるじゃん」

 ユウコの言葉にキララは重く頷く。

「面倒よ。だけど、なんかむずむずする」

「先輩お得意の第六感ってやつですか?」

「その言い方は好きじゃない。見えるものもそうでないものも、全身で感じて処理するだけ。感度が高いか低いかの差でしかない」

「なんかシステマティックですね。霊能力者の発言とは思えません」

「人も人ならざるものも大概はシステマティック。でたらめばかりでは物語や宗教で括れない」

 キララはふむふむと頷いているが、彼女はなんでも分かった風に相槌を打つ癖があるから理解されているとは考えなかった。そしてユウコといえば魂の抜けそうな顔をしていた。

「サオリの話はいつも難しいなあ」

 そして単刀直入に結論づける。

「でも、なんかあるってことは分かる。サオリのむずむずはいつも当たるから」

「そうですね」とキララも続く。

 この話の早さにサオリは最近ようやく慣れてきた。これまで自分の持つ力を理解してくれた人間は祖父しかいなかったからだ。

「じゃあ、手分けしましょう。わたしは文芸部と新聞部に声をかけてみます」

「わたしはそっち系を知ってそうな知り合いに話を振ってみる。サオリは……」

「図書室を探しとく」

 速やかに分担が決まったところで、キララは話を締めにかかる。

「今日の放課後……下校時間の三十分前にもう一度集まりましょうか。そこでお互いの成果を報告するということで」

 言い終えたと同時に朝のチャイムが鳴り響く。キララが慌てて自分の教室に戻っていき、それを微笑ましい風景と思う間もなくサオリとユウコの担任が教室に入ってくる。

 今日もまた学生としての一日が始まるのだ。

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