第66話 真名解放


 思い返せば異世界転移し聖剣ちゃんを引き抜いてからろくな目に合っていない。

 そうだ。そう思っているはずなのに。そう思っていたはずなのに心の内から込み上げてくる感情はなんとも不可解なものだった。


 込み上げてきた感情を見失わないように。まるで角砂糖をなめるようにその感情をゆっくりと吟味し、ベールを一枚一枚丁寧に剥がしてゆけ。きっとそこには大事な何かがあるはずだ。


 最後に残ったのは至極単純明快な感情ものだった。そしてそれはきっと多分おそらく単純ながらかけがえのないもの。


『真名解放:エクスカリバー』


 そんな俺の心境に呼応するかのように、周囲に広がる暗闇を聖剣ちゃんが今まで見たことない眩い光で辺りを包み込んだ。



 ◆



『真名解放:エクスカリバー』


「む、お主まさか……!!」


 意識を取り戻すと視界を埋め尽くさんばかりの極光が俺を出迎えた。


 うおっ、俺なんかめっちゃ光に包まれてる!?


 しかしこの手の状況に深く精通している俺は瞬時に察した。


 あれか? あれなのか?

 主人公が変身とか覚醒をする時、何故か光に包まれるあれなのかっ。デ〇モンでいうとア〇モンがグ〇イモンに進化するやつ。


『あのごちゃごちゃ考えているとこ申し訳ないですけど、これは敵を寄せつけないために放つ光エネルギーによる結界のようなものなんですが、それは』


 無駄に艶のある禿頭ばりの光を放ち、いと眩しいことこの上ない聖剣ちゃんがゲンナリとしたような声音でツッコミを入れた。


 あ、一応理には適っている行為なんだねこれ。


『本当にマスターはこういう時でもマスターって感じですよね』


 そらそうよ。

 俺という存在はどこまでも俺でしかない。例え覚醒イベントだからといってイケメン主人公ばりのムーブが俺に出来るわけもないのだ。


『ま、そんな貴方だからこそ。私は貴女をマスターに選んだんです』


 聖剣ちゃんは俺を見て呆れたように嘆息した。

 魔王に奪われかけた彼女だが未だ俺の手の中にキチンと存在した。


「へ? それって――」


『行きますよマスター!!』


 極光はその勢いを更に増す。もはや視界など無いに等しい。


『――最適化アクティベーション――』


 その起動音ともとれる短い言葉を合図に、聖剣が幾重にも分離した。

 分離した聖剣は星の軌跡を描くように俺を中心に周る。中心部から覗くその光景たるや壮観なもので、夜空を閃光で埋め尽くす流星群のようだ。


 そしてそれはさながら鎧のように。勢い良く俺の体へと装着された。


 うおっ、なんじゃこりゃ!?


『ふむ、疑似楽園再現アヴァロンとでも言いましょうか』


 動揺している俺を尻目に鎧と化した聖剣ちゃんがなんとも愉快そうに笑った。


『これがマスターの考える最強ですか。随分陳腐な考えですねぇ』


 あーなるほど。先程、真名解放やら最適化やら聞こえたがつまりそういうことか。

 もちろん意味などてんでわからない。しかし、状況から察するに七つの終末機構セブンスアポカリプスを持主の資質に合わせて文字通り最適化させることなのだろう。


「うるせぇ。でもまぁアリだろ?」


『まぁその? せっかくの晴れ舞台なわけですし、否定するのは止めておきましょうか』


「この天の邪鬼め」


『マスターに言われたくありませんよ』


 言葉にせずともこの鎧の意味は自然と理解できた。

 あの聖剣ちゃんが全身に装備されたということはまぁそういうことだ。


 聖・剣・武・装。


 猿でも理解出来、年端もいかぬ子供が夢想するような凶悪な形態。

 我ながらなんとも臆病かつ悪辣な発想だ。


 しかし。しかしだ。

 だからこそこの形態はまさに完全無欠だ。この世界において絶対的な優位性を示すことだろう。


 魔力を基本とするファンタジーなこの異世界において絶対的なアドバンテージを持つ聖剣ちゃん。


 つまり魔力完全無効形態。


 自己の身に襲い掛かるその一切合切をわざわざ無効化した上で、相手を問答無用といわんばかりにタコ殴り出来る素晴らしい形態なわけである。


『さぁ反撃開始と洒落込みましょうかっ!!』


 そんなわけで聖剣ちゃんは主人を差し置き大層ご機嫌よく魔王に向かい啖呵を切るのだった。






 ◆


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