第62話 いきなり魔王戦《クライマックス》④


「クカカカカッ! 敵ながら惜しみ無く称賛を贈ろう! なにせ妾は寛大な第九天魔王じゃからな!!」


 魔王ヴォーティガン・ウェルシュルクはあれだけの猛攻をその身に受けたにも関わらず、何事も無かったかのように嗤った。

 いや実際、本人にとっては些末事と変わらないのだろう。心底認めるのは嫌だが、なんか見た感じほぼノーダメっぽいし。


『特異点:魔王ヴォーティガン。噂には聞いていましたが、まさかこれほどとは……』


 そのあまりにも異様な光景に、あの傍若無人を地で行く聖剣ちゃんですら呆然とするように呟いた。


「おん? そういえばお主がマーリンの言っていた聖剣か。ま、単純に火力不足じゃな」


 マーリン? それってもしかして――

 しかし魔王は俺の思考が固まる前に、更に言葉を重ねてきた。


「まぁそうは言うが筋は悪くはないか。思い切りも良い――圧倒的なのは地力の差じゃ」


 魔王の輪郭がブレた。


「――え?」


 次の瞬間、魔王は俺達の目の間にいた。

 そしてそのまま彼女は一ノ瀬の脇腹に掌底をかました。


「カハッ」


「一ノ瀬!?」


 当然、レベルアップしたとはいえ元々華奢な身体つきの彼女がその一撃に耐えられるはずもない。

 一ノ瀬は慣性の法則よろしく盛大に吹き飛び、ぼろ頭巾のように地面を転がった。


「そう喧しく囀ずるでない。ほれ峰打ちというヤツじゃ、死んではおらんよ。ま、当たりどころが悪ければ知らんがの」


 一瞬だ。たった一瞬でアリスが沈んだ。

 油断していたわけではない。慢心したわけでもない。むしろ持ちうる手札で最大限の火力をぶちかましたはずだ。それが一体全体どうしてこうなった。やはり理解不能だった。


「この化け物が……!」


「おうおう中々良い声で鳴くではないか。ま、何せ妾は魔王じゃからなっ!」


 不味い不味い。ただでさえ圧倒的に足りない火力が更に減った。


「さてさて鬱陶しい魔術師は堕とした。次は勇者、お主じゃ」


 魔王は問答無用で大槌を振りかざした。咄嗟に聖剣で受け止めるがあまりもの膂力に俺の足が地面に沈み込んだ。


「ぐぅ!? どんな力だよ! クッソ! 俺はこれでもレベル98だぞ!?」


「レベル? あぁ王国のお遊びか。確かに人間にしてはマシな部類じゃがなぁ。所詮は中級程度の龍種程度でしかなかろうて」   


 聖剣と大槌の鍔迫り合いが続く。

 だが、それでもなんとかギリギリついていける。皮一枚、どうしようもないぐらいの拙さだが、ギッリギリついていけているのだ。


「ふぅむ、しかし聖剣の能力は中々に厄介じゃな。大槌に乗せた魔力の尽くが吹き飛んでしまう」


『ドヤッ』


 聖剣ちゃんは余裕だなぁ!!

 しかし俺にそんな余裕はない。俺は強引に聖剣を振り払い、魔王と距離をとった。


「ならば手段を変えるかの。更に刮目せよ、妾が七つの終末機構の権能は――魔力拡張性能」


 魔王は焦燥する此方の心情など目もくれず、滔々と上機嫌に語る。


「ま、先程の巨大化はこれに起因するものじゃ そしてそれはこんな使い方も出来る」


 そして宙に大槌がもう一つ出現した。

 クソまじか。これは不味い。これは非常に不味いぞ。


「クカカッ、随分といい表情をするではないか。早速これの意図を理解したか。では死ねぃ!!」


 魔王は間髪いれず、そのまま二対の大槌を俺めがけて振り下ろした。


「糞がっ! 魔剣ちゃん!!」


『うんっ!!』


 ガキッ、ガキッッッ


 片方は聖剣ちゃんで受け止め、もう片方は寸前のところでなんとか魔剣ちゃんで凌ぐことが出来た。

 しかし相手は魔王。新しく精製された大槌と聖剣ちゃんがぶつかることを決して許さなかった。

 クソ、そっちの方と聖剣がぶつかり合えば消滅させられたのに。


「ふぅむ、なんとか凌いだか。七つの終末機構を二つも所持するお主の幸運に感謝するがよい」


 魔王は息も絶え絶えな俺を嘲笑うようにその目を細めた。


「だかな――これはどう凌ぐ?」

 

 魔王の言葉と共に更にもう一本の大槌が出現した。

 今度は肩に担いだものと宙に浮く二本。合計三本の大槌だ。


 クソがクソがクソがクソがクソが!!!!!


 原始的な算数の問題だ。純粋に手数が足りない。

 影魔術では駄目だ。肌で感じる。七つの終末機構とやらにはまるで対抗できない。更に俺のレベルが上がれば分からないが、今段階で格があまりにも違いすぎるのだ。

 攻撃力1が攻撃力1万に挑む、そんな感じだ。


「では改めて死ねぃ!!!」


 そして魔王は俺の息の根を止めるべく、問答無用で三本の大槌を振り下ろした。






 ◆


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