第50話

 雑談はいつしか質問の束になり、二人の会話は静寂を忘れさせていた。しかしサフィラスの表情にも薄く疲労の色が帯び始め、ロア自身も鈍る思考を受け入れようとしていた。


 そんか無言の意思確認と、双方の底をついたカップに、ロアは小さく頷く。


「ええ、大体分かったわ。夜遅くに込み入った話をしちゃってごめんなさいね」

「構わないよ。その代わり、最後に此方から質問をさせてもらおう。 ――キミは、“徒花症”を知っているかい?」

「いえ、聞いたことないわ。もしかして、それが村長の罹った病名なの?」

「そうか……いや、先の問いは忘れておくれ。さて、私は湯浴みに行くよ。紅茶、ご馳走さま」


 サフィラスは目を伏せると、カップとソーサーをシンクへ運び、水に浸す。そうして、振り返ることなくリビングを離れた。


◇◇◇


 サフィラスが戻った頃には、リビングは暗く、空気は凛と冷え切っていた。彼は真っ直ぐキッチンに向かうと、銀の釣鐘型カバーを手に取る。


『……キミも休むと良い』


 視界に垂れる髪を掻き上げながら、仄めく白壺草に被せる。そしてカーテンを片側だけ開くと、窓を背にソファーへ腰を下ろした。


 憂鬱な表情で見つめる視線の先。彼の左手には、ドゥラン国王から受け取ったカードが収められていた。


『果たして、これは本当に記録装置なのだろうか。彼に嘘を吐く利点はなく、事実として、他の謝礼品に罠は無かったけれど』


 それはさながら透明な板切れのようであり、面と向かっているのが表か裏か、天か地すらも判別がつかない。


『……試してみるのみ、か。元より、期待などしていないのだから』


 差し込む外灯に照らしながら、カードの表面を傾ける。すると、薄っすらと幾度も折れ曲がった線が一本浮かび上がった。


『これは――』


 暫し考えた後に、指先を動かす。そして末尾までなぞった瞬間、空中には一面に真っ白な画面が現れた。


『……驚いた、ヒトが此処まで叡智を得ているとは。さながら術のようだけれど、同じ要領で起動可能だろうか』


 画面に触れ、反時計回りに円を描く。すると、巨大な焼却炉に焚べられる石塊いしくれの山と共に、長々と書き連ねられた文字が画面を埋め尽くした。


「っ――これ、は」


 視認と同時に発動するフラッシュバックに、喉元からは悪心がせぐりあげる。しかしサフィラスは歯を食いしばりながら、一言一句目で追っていく。


◇◇◇


 情報漏洩の対策か、或いは劣化によるものか。所々文字が読み取れないが、内容は以下の通りだった。


《我々は、神の領域に踏み込まんとしている。この手で創造するは、人の魂を宝石に封印する術をもつ、魂晶師の―――――。最後の――――である彼の被検体の消費速度は想定より速く、日におよそ50体を使用している。尚、補充の申請は既に――から認可されており、追加で新たに1000体送られてくることが確定した。

幸いにも自国の生産率が上昇しているらしく、配慮は不要とのことだ。魂晶師――プロジェクト始動の期限は片手で数えられる年数しかない。よって我々は更なる効率化を図るべく、同時に捕らえた彼の肉親を――に――し、次の段階へと――》


 次いで映し出されたのは、燃え盛る炎と数多の足跡に蹂躙された村だった。崩壊した木造の家々は炭化しており、大地には銃弾と赤い液体が散在している。


『っ――駄目だ、目を逸らしては! 私には、全てを見届ける責務がある!』


 サフィラスは目蓋を閉じかけるも、震える指先を動かし、再び読み進めていく。


《実験に実験を重ね、研究の成果は遂に産声を上げる。歳月にして――年、多くの屍を積み上げた。しかし、科学の発展に犠牲は付き物だ。この素晴らしい結末に、糧と消えた彼らも、天国で誇らしく仰け反っているであろう》


 下部までスクロールしたところで、コンマ数秒間のノイズが走り、光景が切り替わる。

 晒されたのは、石塊と共に床に転がる無数の死体。性別も年齢も異なる彼らだったが、皆一様に口を開き、虚ろな目で煤けた天井を見つめていた。


《……だが、それも束の間の喜びであった。――年後、非常事態が発生したのだ。詳細は此処では伏せるが、研究者だった我々には、今この瞬間にも粛清の剣の切っ先が向けられている。しかし我々が息絶えてしまっては、一体誰が“彼”に真実を伝えることが出来るだろうか。故に我々は、その剣が振り下ろされる前に亡命を謀ることにした。

結果、作戦は見事成功。そうして我々は――――国の援助を受け、身分を偽り、一般人の皮を被り……恐らく何処か辺境の地で、今も生き長らえているだろう。願わくば、いつの日か“彼”と対面し、真の贖罪を――》


 そこで漸く記録は途絶え、画面は消滅する。


「……ふふ。数多の生命を長きにわたり弄んだ挙げ句、自身の生命惜しさに贖罪とはね。一体それは、誰が為なんだい?」


 サフィラスは膝に顔をうずめると、カードを床に手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る