第49話

 天井に視線を向けるサフィラスに、ロアは我に返り縮こまる。そして再び静寂が訪れると、サフィラスは溜め息混じりに回答を続ける。


「そうだろうね。何せ私ですら、実物を目にしたのは初めてなのだから」

「あら。その言い方だと、まるで最初から病魔のことを知っていたみたいね?」

「……」


 すると一転、サフィラスは目を伏せ押し黙る。放たれた剣呑な空気にロアは困ったように笑うと、カップを手に取り口元へ運んだ。


「……ごめんなさいね、無理に聞き出すつもりはないから安心して頂戴。それより、リベラちゃんが前にも同じ症状の人を見かけたって言ってたんだけど。その人はどうなったの?」

「……端的に述べてしまえば、彼女の病魔は祓っていない。当座、病とは無縁になっただけだ。けれど、採取した白壺草も小さく、その後の様子も問題は見受けられなかった。故に、子の想いが続く限り再発することは無いだろう」

「え――ちょっと待って。白壺草を飲んでも病気が治るだけで、肝心の病魔は居なくならないってこと? それに、さっきサフィラスちゃんは「生命に干渉することが可能」って言ってたじゃない。退治出来たなら、病魔は生命に当てはまるんじゃないの?」


 ロアは空のカップをソーサーごと隅に避けると、前のめりに問う。時間は既に丑一つ刻を回っていたが、二人の会話は緩むことなく繰り広げられる。 


「……そう。幾ら白壺草を飲んだところで、病魔を祓わぬ限り、病は生涯付き纏い続ける。癌化した細胞を除去しても、本体を――根本から取り除かなければ、意味がないように。しかし病魔は“概念”であり、私の術の効力の範囲外となる」

『ん――? 祓うこと前提なの?』

「けれど病魔は、宿主の抵抗により稀に顕現することがある。 ――視認不可能な悪魔が、ヒトの手により偶像化するように。 ……要するに、顕現させにすることでようやく対処が可能になるという訳さ」

「頭が痛くなりそうな内容ね……深夜に聞くにはカロリーが高いわ」


 側頭部を押さえるロアだったが、サフィラスからは容赦無く追撃が襲い掛かる。 


「次いで、発現した病についてだけれど。これはごく一般的な病と同様に、薬物療法により回復させる必要がある。自然治癒は不可能であり、白壺草のみ有効な病だ」

「つまり、サフィラスちゃんの魔法も効かないってこと?」

「この病は少し特殊でね。錠前と鍵が如く、病と薬草が対を成しているんだ」

「ふんふん。怪我が治せる以上、病気も治せそうな気はしてたけど……コレばかりは例外ってワケね」

「理解が早くて助かるよ。 ――さて、質問事項は以上で全てかな」

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