第48話

「……有り難う。リベラはもう就寝したのかな」

「ええ。ぐっすり夢の中よ」


 そうして花瓶に挿された白壺草を隔てながら、二人は紅茶で暖を取る。心地良い香りが喉を満たす一方、空気は張り詰め、秒針の音が耳に刺さるのみ。


 しかし、カップの中身が半分を下回った頃。遂に痺れを切らしたロアは、サフィラスに話題を振る。


「そういえば、ずっと気になってたんだけど。この花が、例の白壺草なのかしら?」

「ああ、そうだよ。リベラから聞いたのかい?」

「ええ、可愛らしいジェスチャー付きで教えてもらったわ。……それにしても、結構大きいのね。蕾だけでマグくらいのサイズがあるだなんて」

「いいや、本来これ程まで生長するのは稀なんだ」

「普通はどれくらいなの?」

「この4割程度といったところかな」


 それだけ言うと、サフィラスはカップを乗せたソーサーに触れる。しかしロアは、彼が腰を上げようとする前に口を動かした。


「そうそう、このお花で思い出したわ。怪我が治った後の村長、初めて会った時とはまるで別人みたいになってたわね。これも、サフィラスちゃんの魔法のおかげなのかしら?」

「半分は正しく、半分は誤りかな」

「どういうこと?」

「半分はロアの言う通り、私が治療を行なった為。そしてもう半分は、寄り添っていた生徒達の想いが、彼の心に影響を与えた為なのさ」


 するとサフィラスは、蕾を重そうにもたげる白壺草へ目を向ける。


「そう……本来であれば、治癒だけに留まる筈だった。しかし、その相反する二つの力が交差することで、不測の事態が発生したんだ」

「不測の事態?」

「ああ。私の術は万能ではなく、ある程度の制限が設けられている。自身や物、及び生命に干渉することは可能なものの、性格を改変するには至らないんだ」

「えーと……つまり、村長が元に戻ったのも、そのイレギュラーのおかげってこと?」


 サフィラスは頷くと、説明を続ける。


「彼の治療を行なっている際、手伝いに一つの違和感が流れ込んできた。それは、さながら淀み……精神部分に巣食う、病魔のようなものだった。けれど病魔は、宿主の抵抗により衰弱していてね。容易く祓うことができた。結果として、文字通り憑き物が落ちたという訳さ」

「ふんふん。あの子達の想いは、病魔を弱らせるくらいに強かったってことね。そういうことなら納得出来るわ――って。さらっと言ってるけど、物理的な病魔なんて聞いたことないわよ!?」

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