第47話

 室内の眩さに目を細めながらソファーに座ると、ロアはボトムスのポケットから、手のひらサイズの長方形の機械を取り出す。


「バッテリーが減るから、あまり使いたくなかったけど……70%なら、まだ暫くは持ちそうね」


 悩んだ末に機械の下部に指を乗せると、空中には視界を覆う程の巨大な画面が浮かび上がった。ロアはテーブルの上に機械を置くと、右手で画面上の細長い空欄に文字を記入していく。


「えっと、確か“白壺草”だったかしら」


 記入欄横にある虫眼鏡のボタンを押すと、刹那の待機時間の末に、“該当件数0件”という回答が画面中央にぽつんと表示された。その結果にロアは暫しの間目を見張るも、再び指を動かす。


「……そんな、一件もヒットしないだなんて。聞き間違えたかしら? 今度は少しワードを変えて――」


 しかし、幾度試しても結果は変わらず。やがてロアは肩を落とすと、機械に手を伸ばして画面を消した。


『まさかとは思ってたけど……データベースも医師も知らない、正体不明の病が存在するだなんて。これ以上は何も出来ないし、後は直接彼に聞くしかないわね』


 ロアは壁に掛けられた時計を一瞥すると、機械をボトムスのポケットに仕舞う。そしてキッチンに立ち、水を注いだケトルをコンロに置いた。


◇◇◇


 時計の短針が12の数字を跨いだ頃。サフィラスは、ようやく離れの扉を通り抜ける。明かりと共にリビングのドアの隙間から溢れるのは、柑橘類の香り。


 その先には、ソファーに座りながら読書をするロアが居た。テーブルにはカップが二客置かれており、双方共に天地を返され、ソーサーの上で待機している。


 やがてロアは本を閉じ、サフィラスの手元の白壺草を一目見ると、微笑みながら立ち上がる。


「あら、おかえりなさい。外は寒かったでしょう? 良かったら、一緒に紅茶でも飲まない?」

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