第43話

 足下で光る誘導灯を頼りに進んでいくと、次第にその全貌が明らかになっていく。ぼんやりと視界に入り込んできたのは、開けた空間一面に並ぶ扉の数々だった。


『……どうやらこの建物は、外見からは想像がつかない程の重要性を秘めているらしい。そして警備が皆無なのは、恐らくノブが無ければ手を出すことが出来ないからか。部外者が一見すると、「単にノブが外れているだけだ。ならば、適当に嵌めれば良い」と思うかもしれない。けれど――』


 最も手前にある扉の前に立ち止まると、剣を持ち上げる。そして誘導灯の光を鞘に反射させ、ノブの差し込み口を覗いた。


『先程覚えた違和感から推測するに、そんな簡単な話ではないようだ。内部構造からして、ノブという“物的認証”を介して行われる“生体認証”……何段階にも分けた防犯装置を同時に解除し、初めて通行を許される機構なのだろう』


 空洞は複雑怪奇を極め、小手先は通用しないと訴えていた。


『全てを確かめたいところではあるけれど、仮面の迷彩効果の範囲外である発声は極力避けたい。  ……仕方ない、外から観察するに留めよう』


 サフィラスは姿勢を正すと、対象を視線の高さに位置する小窓に変え、その先を探っていく。


◇◇◇


 一枚目の扉の先は、硝子製の実験道具の数々が、棚の中で綺麗に列を成した部屋だった。そして棚と対面するように並ぶ椅子の前には、一台の長いテーブルが設置されており、衝立ついたてにより半個室と化している。どのテリトリーも一様に、椅子はきちんと戻され、テーブル上も整理整頓が行き届いていた。


 二枚目の扉の先は、ラベルの貼られた茶色い瓶が、棚の中で所狭しと眠る部屋だった。棚の下部は硝子張りではないため見えないが、錠前で厳重に管理されている様子が窺える。


 三枚目の扉の先は、ゴーグル五つと数十着の白い防護服が、クローゼットに掛けられた部屋だった。新品と思しき防護服は、サイズごとに纏めて用意されており、床には同じく真っ白な靴が5足、等間隔で置かれていた。


『成程、部屋毎に役割が独立しているということか。 ……だとすると、残りの部屋にはどのような役割が充てがわれているのだろう』


 残る小窓は黒いカーテンで遮られており、サフィラスはローブの裾で手を覆いながらノブを回すと、通路を抜け二棟目に移動する。


◇◇◇


『通路を隔てる扉には、ノブは最初から存在しているのか。一々抜き差しする手間を省く為――いや、ノブは行動記録も兼ねていて、通路はその対象外という可能性もある。 ……この先も、表層に触れるだけで終わりそうだ』


 二棟目で待ち構えていたのは、10mはあろう巨大な扉が一つ。窓は足下に横一線に作られていて、屈んで確認すると、奥には更に二枚、同様の扉が見られた。金属の杭を幾つも打たれたその隙間からは、微かにアンモニアと獣の臭いが漏れ出ている。


『ただの扉にしては大き過ぎる。……一体この先には何を搬入しているのだろうか。臭気と内部の構造からして、生物であることは間違いなさそうだけれど』


 振り返ると、臭気を放つ扉に向けられた砲台が、通路の出入口を隔てて1台ずつ。そして天井を見上げると、投網が仕掛けられているのが見えた。しかし他に得られる手掛かりもなく、サフィラスは三棟目に繋がっている通路に向かう。


◇◇◇


 窓から差し込む月明かりを踏みながら、足早に突き進む。そして三棟目に辿り着くや否や、目を鋭く光らせた。


『……ああ、既視感があると思えば。やはりこの村……いや、此処は――』

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