第42話

 サフィラスは独り夜空を滑空し、朧月と共に眠る草木を見下ろす。


 剣を提げランタンを片手に巡回する者や、監視塔で茫然と星を見つめる者以外に人気ひとけは無く。ただ蔦に絡まれた街灯が、仕返しに足もとに咲く花を叩き起こしていた。


『……この村は、四方八方何処を向こうと植物が目に付くけれど。まさか村の形すらもそうだったなんてね』


 村全体を覆う塀は寸分の狂いもなく曲線を描き、八枚の花弁を作り上げていた。


花弁は街区の役割を果たしているようで、村長の住まう敷地には一枚、エラルモ学園にはニ枚。そして村人の居住区には三枚、来訪者向けと思しきエリアには一枚割り振られていた。花弁と花弁の隙間、その全てには監視塔が設けられており、見事な要塞と化している。


『ん? あれは――』


 サフィラスはその全貌を把握すると、やがて有刺鉄線の取り囲む、一枚の街区内に降り立った。赤い文字で“立入禁止”と警告を放つ立て札を尻目に、街区の主と対面する。


『此処は……? 村長が話していた、例の研究エリアではないようだけれど』


 彼の視線の先には、村内で恐らく最も堅牢な造りをしているであろう、ブロック造りの三棟の建物が占拠していた。ドーム状の白塗りの壁面には、他の街区と異なり一切の植物が存在せず、その無機質さを強調している。代わりに扉の上に書かれているのは、“Ⅰ”という数字だった。


『罠の類いは……どうやら無さそうだ』


 サフィラスは左手をグリップに添えると、音も立てずに探索を開始する。


 建物は石畳の上にデルタ形に配置され、その間は通路で繋がっている。そして通路は一面に大きな窓が取り付けられており、見通した先には、一本の大樹が生えていた。白い花を幾つも咲かせるその根元では、紅い果皮が腐葉土に埋もれている。


『それにしても……入口で警告してあるとはいえ、余りにも無防備なのが気に掛かる。侵入されることを想定していないのか、或いは計算尽くなのか……』


 建物には、それぞれ鉄格子を取り付けられた小窓があるも、その内部は暗く。一周したサフィラスは、やがてノブの外れた扉の前に立つと、小声で言葉を紡ぐ。


「――Noitatimi仮初めの,Yekrood扉の鍵よ.Ekaf偽りのDrolruoy主と成りて


 すると扉には淡く光るノブが現れ、あたかも最初から存在していたかのように同化した。サフィラスは早速ノブを回すも、一瞬手を止める。


『……? この違和感は――いや、推測は後だ。急ぎ入ってしまおう』


 しかし回しきると、直ぐに侵入を開始した。

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