第38話

 微睡みを誘うオルゴールの音色を聴きながら、最奥へ歩いていくと、水色の患者衣姿でベッドに横たわる村長がいた。窓の外を眺める彼の真横には、先程の医師が一人、木製の椅子に腰掛けている。皺を深く刻むその両手には、ペンとカルテが収められていた。


 医師は間もなくサフィラス達を認識すると、曲がった腰を腕で庇うように起立し、一礼する。


「……こんばんは。お待ちしておりましたよ」

「こんばんは、そしてすまない。他にも仕事があるだろうに、貴重な時間を奪ってしまったね」

「いえいえ、お気になさらず。急患の対応は、日常茶飯事でございますので。――では、わたしは他の患者の診察に向かわせてもらいます。村長の様子に僅かでも変化が見られた際には、村長の枕元……ベッドの柱に括り付けられた、ベルを鳴らしてくだされ」


 そう勧告して訝しげに席を外す医師とは対照的に、穏やかな表情の村長は上体を起こすと、サフィラス達に、ベッドの傍らに並ぶ椅子に着席するよう促す。


「みな、よく来てくれたな。夜の学園は楽しめたか? この時間にもなると、園内の雰囲気も大きく変わるであろう」


 リベラは頷くと、キラキラと瞳を輝かせる。


「うん、とっても楽しかった! さっきまで、あんなにたくさん生徒のみんながいたのに……今はすごく暗くて静かで、少しドキドキしちゃった」

「フッ、そうであろう。いつからか、生徒の間で怪談話が生まれるほどだ。可能であれば、夜間であろうと一人で出歩けるくらいに明るくしたいのだが……いかんせん、エネルギーの都合上難しくてな」

「えっとね、私はこのままでもいいと思うな。じゃないと、せっかく生まれたお話が消えちゃうもん」

「――フ、ハハッ! うむ。生徒らの愛着をわざわざ無くすほど、ワシも意地悪ではないからな」

「ふふっ、よかった」


 すっかり毒気の抜けた村長は、リベラと微笑み合うと、神妙な面持ちで話題を切り替える。


「さて、改めて言わねばならんな。 ……貴君らには、大変迷惑を掛けた。心より謝罪する」

「リベラやロアの表情を見れば分かるように、私達はキミに対して、一切の贖罪を求めていないよ。キミが真に目を向けるべきは、此方ではなく生徒達の方だ」

「……フッ、貴君らは寛大なのだな」


 『……ああ、本当に』と、サフィラスは独り、胸中に纏わりつく言葉を昇華する。両隣に座るロアとリベラは笑顔を見せているが、仮面の下の自身の表情は、どう映っているのだろうか。此方の心境などお構いなしに指先に触れてくるネーヴェとは、恐らく真逆なのだろう。

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