第35話

 勢いよく起き上がった村長は、周囲を見渡し狼狽する。すると、ユールとアイラは一斉に、村長に抱きついた。


「村長、お気づきになりましたか!」

「ぐすっ……無事で、良かった……!」

「おお、ユール、アイラ。どうやら心配をかけたようだな、すまなかった」


 村長が二人の頭に手を乗せると、ユールは目の端を吊り上げる。


「本当ですよ! もうすぐ、お医者様を呼びに行ったケインも戻ってくるはずです。その時は、二人から目一杯怒られてくださいね!」

「何、医者を? ……そうか。ワシは確か、剣の真の力を確かめようとして――」


 村長は頭を抱えながら立ち上がると、胸元のポケットから鍵を取り出す。そうして檻の錠前を外すと、ジェイドと向き合った。


「……お主にも、散々迷惑を掛けたな。本当に、すまなかった」

「いえ、そんな……」

「ワシはお主に対し、口に出すのも憚られるほどの苦痛を、幾度となく与えてしまった。無論、お主には生涯赦されるとも、赦して欲しいとも思っておらん。だが……どうか、償いはさせてもらえんだろうか」

「――」


 痛切な声と共に頭を深く下げる村長を、ジェイドは暫し傍観する。そして檻を離れると、村長の前におどおどと立った。


「……正直に打ち明けると、僕は今、村長が怖いです。昔はとても優しく、親のいない僕たち一人ひとりに、親身になって接してくれた。落ち込んでいた子には、その子の好きなぬいぐるみを与え。ふざけて花瓶を割った子には、注意をし、怪我の手当をしてあげていましたよね」

「……うむ。その通りだ。当人らに配慮し、人目につかない場を選んで対処したつもりだったのだが……お主は全て見ておったのか」


 ジェイドは頷くと、ユールとアイラを一瞥する。


「ええ。とはいえ、見かけたのは偶然ですが……それでも僕は、「ああ、この人はなんて生徒思いな方なんだろう」と、その日からずっと、心から慕っていました。 ……けれど、今は違う。まるで悪魔に取り憑かれているかのような表情で、歴史館に閉じ籠もり……時々こうして、薬も効かない重度の病に罹った生徒を、ここに連れ込み殺処分している。それを知ってから、もう以前のように敬うことは出来なくなってしまいました」

「ジェイド……」


 村長が足を引き摺りながら近寄ると、ジェイドは途端に声を荒らげる。


「――どうして! あなたは一体、どこで間違えてしまったのです! その足だって、昔はきちんと動いていたのに! 悪魔と契約したという噂は本当だったのですか!?」

「それは……すまない、ワシにもよく分からんのだ」

「なっ――この場で更に嘘をつくんですか!? ここに居るのは僕だけじゃない、あの子達も見聞きしているんですよ!? それなのに……!」


 更に激高したジェイドは、わなわなと肩を震わせる。それにおののく村長の表情を見たサフィラスは、数歩前に出ると、二人を制した。


「……其処まで。今は真相解明よりも、身を案じてくれた彼らと向き合うべきだ。違うかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る