第32話

 サフィラスに見据えられたエルリカは、やがて緊張の糸が解けたかのように、神妙な面持ちで答える。


「……うん。あなたの言う通り、私は村長に嘘をついた。「あの剣で刺された人は、宝石に変わる」って。けど、どうして分かったの?」

「知っていたのであれば、広く流通している一般的な剣のように、刺して終わりにはしない筈だ。いくら消耗していようと、正しい手順は踏めるだろうからね。 ――彼に余程の恨みを抱き、純粋に刺殺を選択したのであれば、また話は別だけれど」

「……」


 唇を噛み締め俯くエルリカに、サフィラスは問答を続ける。


「そして違和感なら、先の奇襲にもあった。決定打に欠けるが故に、従う他無かったけれど。それも今を以て、確信に変わった。 ……キミは、言葉を紡ぐことも出来ないのではないかな」

「……! うん、そうよ。本当は私、術なんて全然使えない。ジェイドの怪我は、彼のお腹に小さな爆弾をつけて、タイミング良く爆発させただけ。気配だって……ある人から貰った装置を、バレないようにこっそり使っただけ」


 そう言うとエルリカは、ゆっくりと顔を上げる。そして、空いている左手で首に下げた黒いチョーカーを外し、サフィラスに差し出した。


「……これが、その装置よ。きっと私より、あなたが持つべきものだと思う」


 彼女が示したのは、指で押せば簡単に割れてしまいそうな薄さをした、わずか1㎝四方の紅色のチャームだった。その表面には、うっすらと“A-01713”という金色の記号が書かれている。

 サフィラスがチョーカーごと受け取ると、エルリカは剣を床へ手放し、村長のもとに座り込んだ。


「二つとも……ううん、数え切れないくらいの嘘をついて。私はごっこ遊びみたいに、あなたのようなになりきってた。でも村長は、そんな嘘だらけの私のことを「最高傑作だ」って褒めてくれて、必要としてくれて……向けられる笑顔が、嬉しくて。だから私は、精一杯応えようとした。 ――でもそれは、きっと間違いだったの」


 エルリカは村長の手を取ると、涙に濡れた自身の両手で包み込む。


「そう思ったのは、ある日歴史館から抜け出した時。廊下の片隅にいた、仲の良さそうな三人が悲しそうに話していたの。「歴史館から出てくる時の、村長の様子がおかしい」って。 ……話を暫く聞いてたら、それは私がこの村に来た日からだった。このままじゃ私のせいで、村長が村長じゃなくなっちゃう。そう思ったから、私、は――」


 エルリカが、虚ろな目で言葉を失う傍ら。サフィラスは、浅く肺を動かす村長を一瞥すると、対処案を模索する。


『……彼女の話だけでは、経緯の全貌が把握出来ない。しかし当事者を問い質そうにも、村長は瀕死。まずは剣を回収し、手早く彼を治療しなければ――』


 サフィラスが懐から布を取り出した、次の瞬間。扉が大きな音を立てたと同時に、聞き覚えのある声が幾つも雪崩込んできた。

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