第15話

 ロアはミルクティーを一口飲むと、きっぱりと言い放つ。


「ええ、それだけはダメよ。イルミス国では陛下が全面的に支援して下さったけど、今回は違うもの。昨日はどうにか誤魔化せたけど、魔法なんて使ったら言い逃れできないわ。サフィラスちゃんだって、これ以上話をややこしくしたくないでしょ?」

「……では私も明後日の10時まで、徹底的にとして立ち振る舞わなければいけないね。私は勧善懲悪の為に剣を手に取る、ひとりの勇者として。ロアは貴族の身分を隠し真実を綴る、聡い大使として。そしてリベラは――」


 するとリベラが、ポツリと話す。


「“ずっと一人ぼっちで生きてきた、動物さんとお話できるお姫さま”……っていうのはどう?」

「――成程、童話を好むリベラらしい設定だ。では、その案でいこう。ならばネーヴェは、秘めたる力を持つ守護獣というていにしようか」

「ふふっ。だって、ネーヴェ。本気を出したら大きくなったりするのかな?」


 リベラは手元にやって来たネーヴェを掬い上げ、柔らかな純白の毛を撫でる。ネーヴェは目を細めると、小さく鳴いた。


◇◇◇


 一方その頃。村長は独り書斎で、サフィラスの剣の握りに手を掛けていた。


「……ふむ、やはり抜けんか」


 村長は眉間に皺を寄せると、椅子の背もたれに体重を委ね、窓から射し込む陽の光に鞘を晒す。煌めく縁取りの金線は幾度も交差し、誰もが目を見張るような幾何学模様を描いていた。


「鞘のみですら、人の心を惑わす美しさ。剣身も、さぞかし優美なのだろうな。しかし如何せん、彼の者でないと引き抜くことすら叶わんときた。して、どうしたものか……」


 暫く腕を組む村長だったが、やがて振動するデスク上のベルに口角を上げる。


「ああ、そうか――ワシとしたことが、すっかり失念していた。抜けぬのであれば、抜かせてみせれば良いではないか!」


◇◇◇


 彼の画策もつゆ知らず。村長宅に着いたサフィラス一行は、玄関前に下げられたベルを手に取りそっと揺らす。すると昨夜とは異なる警備の男が、不機嫌そうな表情で出迎えた。次いで奥から村長が軽やかな足取りで現れると、ロアは会釈をする。


「おはよう諸君。昨夜は満足に休めたかね?」

「おはようございます、ディオス村長。はい、おかげさまで、旅の疲れを取ることができました」

「うむ、それは何より。ところで、今日の日程だが――ワシと共に、学舎を見学しに行かぬか?」


 ロアは両手を合わせると、表情を綻ばせる。


「はい、是非ともお願いします! しかし、宜しいのですか? 村長は多忙とお見受けしますが……」

「案ずるな、これも公務の一環だ。民の暮らし振りを肌で感じるのも、村長の責務であろう?」

「ええ、仰る通りです。それでは、心置きなくご同行させて頂きます」

「うむ。では諸君、早速行こうではないか。 ――と、その前に。貴君にこれを返さねばな」


 村長は隣で待機する警備の男から剣を受け取ると、サフィラスに差し出す。


「貴君は腕が立つのであろう? ならば護衛として、一役買って貰いたくてな」

「私は構わないけれど、安易に外部の者に生命を委ねても良いのかい? 其処の眼光鋭い彼の方が、よほど土地鑑も有るだろうに」

「いや、貴君に頼みたいのだ。他国の腕利きが如何なる戦闘力を誇るのか、間近で見る機会は早々に訪れんからな。この答えでは不満かね?」

「……いいや、充分だよ」


 サフィラスは剣を装着し、村長に道を譲る。すると村長はステッキを前方に掲げ、大口で決め台詞を言い放つ。


「よし、気を取り直して――向かうはこの村のシンボル、エラルモ学園だ!」

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