第16話

 道中は絶えず雑談が飛び交い、ロアとリベラはにこやかに足並みを揃える。その果て――豊満な身体を揺らす村長が立ち止まったのは、昨日サフィラス達が利用した建物の川向かいだった。


「着いたぞ。園内のいたる所で生徒らが駆け回っておるから、曲がり角には注意してくれたまえ」


 周囲の建築物より頭一つ抜けている、檜皮色ひわだいろの木壁で構築された学園。飛び交う幼子の声を護る漆黒の門を通り抜けた先では、髭を蓄えた純白の胸像が、サフィラス達を見下ろしていた。


 受付窓口で村長が顔を見せると、椅子に座りながら船を漕ぐ男は飛び上がり、扉に駆け付け解錠する。


 そうして学校の内部に足を踏み入れると、早速三人の子供達が村長に駆け寄ってきた。


「あ、村長だ!」

「今日も来てくれたんですね!」

「会えて、嬉しい……です」

「うむ。ケイン、ユール、アイラ。みな元気でやっているかね?」


 すると、ケインと呼ばれた青藍せいらん色の瞳をもつ少年は腕を大きく振り上げ、廊下の真ん中で逆立ちをする。


「オレはめっっちゃ元気だぜ! よっ、と――ほら! 最近、片手でバランスもとれるようになったんだ! あとあと、スポーツテストも学年で一位だったんだぜ!」

「おお、ケインは相変わらず運動の才が溢れておるな。だがくれぐれも、調子に乗って怪我をするでないぞ?」

「おうさ! おっ、とと……」


 ケインの一つに結われた金糸雀カナリア色の髪が床に届かんとする中、ユールと呼ばれた翠色すいしょく髪の少年も、負けじと一歩踏み出す。


「村長、ぼくも成長しました。スポーツテストでは彼に負けましたが、この前の期末テストでは学年で一位でした。次のテストも、その次のテストも、一位であり続けてみせますから見ていてください!」

「流石はユール、学年のブレインと言わしめるだけはあるな。次回以降も大いに期待しておるぞ。ただし、睡眠はしっかり取るのだぞ」

「……! はい!」


 ユールが黄金こがね色の瞳の下に作られた隈を指摘されると、最後にアイラと呼ばれた黒髪の少女はもじもじと指を組む。


「アイラは……ケインとユールみたいに、すごいとこはないけど……情報を集めるのは得意だから、村長にとっておきのニュースを言うね。えっと……一週間くらい学校をお休みしてる、ジェイドっていう子がいるの。先生たちが頑張って探してるんだけど……どこにもいないみたい」

「――ふむ、心配だな。後で教師にも尋ねてみるぞ。それとアイラ、そう自身を卑下するでない。細やかな観察こそ、時として人の支えとなるのだからな。伝達、助かったぞ」

「えへへ……」


 アイラの桃色の瞳が喜びを纏うと、ユールは遠巻きに立つリベラを指す。


「ところで村長。その子も入学するんですか?」

「いいや、入学はしない。見学だけだ」

「……そうですか、残念です」


 アイラも頷くと、落胆の声を上げる。


「うん……残念。女の子のお友だち、増えると思ったのに……」

「すまんすまん。だが、落胆するにはまだ早いぞ。実はな、来週此処に入学する少女がおるのだ」


 すると姿勢を正したケインが不意に大声を出し、村長に歩み寄る。


「マジで!? 顔はカワイイ?」

「こら、ケイン。失礼だぞ」

「そうだよ、そういうの良くないよ……」


 ユールとアイラがケインを諌める中、村長は歯を見せて笑う。


「フハハッ! ケインの積極性は、止まる所を知らんな。案ずるな、天真爛漫で可愛らしい娘だ」

「よっしゃ! オレ、ちょっと勝負服用意してくる!」

「制服なんだから、どれも同じだろうに……」


 ユールが呆れ顔で小さくなっていく背中を見送っていると、村長はチッチッと指を横に動かす。


「それがケインのというやつだ。 ――さて。では、ワシらはこれで失礼するぞ」

「はい」

「また、来てください……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る