第17話

 立ち去る二人に村長が手を振ると、ロアは微笑みを浮かべる。


「生徒の方々と、とても仲がよろしいのですね」

「うむ。ワシのモットーは“親身な村長”だからな。こうして、合間を縫っては顔を出しているのだ」

「恐縮ではございますが、村長。こちらの情報は、各国に公開なさらないのですか? 更なる評価の獲得は、確実と思われますが……」

「たわけ。これはあくまでもワシのエゴであり、村の成果ではない。それをひけらかしたところで、得られるものなど有りはせんよ」


 その言葉にロアが目を見開くと、村長は懐から手鏡を取り出す。


「どうした? 何かワシの顔に付いているかね?」

「いえ、ただ――」

「ただ?」

「村長の人徳がこれほど高いとは、思っておりませんでしたので……っ! ご無礼を働き、申し訳ございません!」


 深々と頭を下げるロアに、村長は腹を抱える。


「……ふ、フハハッ! 良い良い、顔を上げたまえ!」

「っ、はい……ですが、その――お気を悪くなさらないのですか?」

「うむ、むしろ清々しい気持ちだ。なにせ、過去交渉に訪れた者はワシの顔色を窺うばかりで、誰一人として物申すことは無かったからな!」


 そうして村長はひとしきり笑った後、咳払いを一つし手鏡を仕舞った。


「――さて。生徒に紛れながら、順繰りに追体験しようではないか」


◇◇◇


 その後、すれ違う生徒達から好奇の眼差しを受けながら、サフィラスらは学園内を巡っていく。


 初めに訪れた場所は、曇りの一点もない楽器が並べられた音楽部屋だった。生徒らは村長の顔を見るや否や、教師の奏でるメロディーに合わせ、たちまち美しいハーモニーを響かせた。


 次いで訪れた場所は、陸上競技場と隣接する、屋内の運動場だった。シューズが床を擦る音と声援が混じり合う中、村長はハンカチをひらひらとなびかせる。するとボールをドリブルしていた生徒は見事シュートを決め、観衆を沸き立たせた。


 三箇所目に訪れた場所は、時間帯や天気によって選曲をするという、小さな放送部屋だった。ノックの後に村長が立ち入ると、マイクの前に座っていた生徒は一礼し、簡単な挨拶を交わす。そして、軽快なミュージックを学園内に流した。


◇◇◇


 やがて、何処からともなくチャイムの音が聞こえてくると、村長は足早に追従を促す。その先には、一軒の平家ひらやが建っていた。足を踏み入れると、芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる。

 その中を直進し立ち止まったのは、館内を一望出来る窓際だった。村長はサフィラス達に向き直ると、懐から四枚の紙を取り出す。


「さて、待ちに待ったランチタイムである! この学園の食事はカフェテリア方式でな。みな食券を握り締め、好きな料理を朝昼晩と三食、自身で選択しているのだ」


 そう言うと村長はリベラから順に、一枚ずつ食券を配っていく。サフィラスは片手で食券を受け取ると、村長に尋ねる。


「という事は、彼らは此処が住まいなのかい?」

「そうだ。この情報は公開されておるのだか――貴君は大使ほど、予備知識は無いであろう。諸々説明をするためにも、各自好きな料理を食べながら話そうではないか」


 館内中央部には、看板が掛けられた厨房が設けられており、肉や野菜、魚といった具合に、メイン食材毎に入口がポールで分けられていた。その脇には、一回り小さく「特注料理」と書かれた看板が立っている厨房があり、村長の解説曰く「アレルギーや苦手な物が多い生徒向け」とのことだった。

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