第12話

 口を噤んだままのサフィラスに、ロアは脳内で即興の物語を構築していく。


「……彼についてですが――結論から申し上げますと、イルミス国に巣食う人喰い魔獣グィーヴァを討伐した勇者なのです」

「ほう? それはまた、御伽噺のようで興味深い。だがアレは一般兵でも、束になって掛かれば対処可能な筈だが?」

「いいえ。彼が対峙した人喰い魔獣グィーヴァが全く異なっており、処置は困難を極めていました。ですが彼は即座に剣を抜き、見事イルミス国に平和をもたらしたのです。その代償として、彼の容姿は変貌を遂げましたが……」


 果物が散りばめられた小さなケーキが、ロア達のもとに並べられる。静かに瞳を輝かせるリベラの隣で、サフィラスは重い口を開く。


「……一つ訂正しよう。に打ち勝ったのは、キミとリベラの後援を受けていたからだ。過度な謙遜は、軋轢を生じさせるよ」


 その言葉に、村長はクリームの付いた髭をニヤリと上げる。


「成程。その仮面と先の態度は、によるものだったのか」

「……」


 ようやく視線を合わせるサフィラスに、村長は笑声を漏らす。


「うむ、概ね理解した。 ――さて、貴君らよ。望みの物だ、受け取るが良い」


 そう言うと村長は胸元のポケットから、金色の鍵と、ロウで閉じられた封筒を取り出す。するとロアは会釈をし、手を伸ばした。


「感謝いたします。恥ずかしながら、未だ宿泊先を決めかねておりまして。まさかご相談の前に宿の鍵を頂けるとは、思いもよりませんでした」

「何、礼には及ばん。村中の宿が埋まっていることは知っていたからな」

「……では、失礼します。本日はお招き頂き、誠にありがとうございました」


 ロアの締めの言葉にサフィラスは立ち上がると、リベラの肩に手を置く。そして三人は扉の前でそれぞれ一礼し、退室した。


◇◇◇


 封筒を開くと、中には一枚の紙が入っていた。其処に書き記されていたのは、村長宅からほど近い場所――離れへの案内図であった。


 同じく白い外観をした二階建ての家は暗く、サフィラスは単身乗り込む。そして全ての部屋を確かめた後、ロアとリベラを招き入れ、一階のリビングへと向かった。


◇◇◇


 程よい広さの室内の中央には、ウェルカムドリンクと花束、そして菓子が用意されていた。ネーヴェは一転して普段の忙しなさを取り戻すと、早速クッキーに齧り付く。


 その最中、サフィラスはカーテンを閉めると、うつらうつらと船を漕ぐリベラに声を掛ける。


「お疲れ様。心身ともに疲れ果てているだろう。二階には寝室が二部屋あるから案内するよ。もう一方にはロアが利用するから、何かあれば訪ねると良い」

「うん。けど、サフィラスはどこで寝るの?」

「私は此処で休むよ。万が一に備えてね」


 サフィラスがソファーを指すと、リベラは首を小さく横に振る。


「……だめ、風邪引いちゃう」

「心配無用さ。室内は快適な温度で保たれている上に、雨風に晒される事も無いからね」

「でも――」

「何より、寝具は一部屋につき一人前だった。故に同室であろうと、私がソファーで休息する事に変わりは無いよ」

「また……ひとり、で……」

「……その気持ちだけで、私は充分に嬉しいよ」


 遂に瞼を閉じるリベラに、サフィラスは彼女を横抱きにして持ち上げる。


「ロア、手助けを頼めるかい」

「勿論よ。ちょっと待っててね」


 ロアはクッキーを齧るネーヴェをポシェットに入れると、片手でドアを開ける。サフィラスはその横を静々と通り抜けると、小声で呼び掛けた。


「では、ついて来てほしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る