第13話

 二人は階段を上り、部屋に入る。そしてすっかり寝息を立てるリベラをベッドに寝かせ、靴を脱がし毛布を掛けた。


 次いでロアはベッドの傍に置かれたローテーブルにポシェットを乗せると、顔を覗かせるネーヴェにハンカチを渡す。


「お休みなさい、ネーヴェちゃん」

「ロア、キミも休むと良い」

「ええ。そうさせてもらうわ。けどサフィラスちゃん。アナタ本当にソファーで寝るつもり?」

「ああ。敵地の真中では、睡眠も満足にとれないからね。一層の事、守衛の真似事でも興じてみようと思っているよ」

「……分かったわ。でも、無理はしないで頂戴ね」


 ロアは「お休みなさい」と付け加えると、部屋を後にした。


『さて……時間もあることだ、件のでも確認してみようか』


 続けてサフィラスも退室しようとすると、ローブの裾を掴まれる。


「……いて――いかない、で……」

「――」


 リベラの瞼の縁を伝う涙に、サフィラスは躊躇いながらもベッドに腰を落とす。そして彼女の額に手を添えると、言葉を紡いだ。


「――Thgin doog良い夢を


 サフィラスの手が僅かに光ると、次第にリベラの表情は緩み、再び寝息を立て始める。


『これで――っ、おかしい。急に、目眩……が……』


 やがて歪む視界に、彼は意識を失った。 



◇◇◇


 ――少女は再び夢を視た。小さな男の子が、男女二人の大人と手を繋いでいる光景を。


 夕焼けの空の下、そよぐ草原に伸びた三つの影は、並んで坂道を下っていく。すると小さな影は突如駆け出し、暫くしゃがみ込んだかと思うと、何かを手に取り駆け戻ってきた。


「これ、お父さんとお母さんにあげる! 一番大きいのはお父さんで、こっちのきれいなのがお母さん。それでね、一番小さいのは僕の!」


 無邪気な声に、大人達は微笑みを零す。それぞれの手には、紫苑の花が握られていた。



◇◇◇


 やがてリベラは、カーテンの隙間から溢れる日差しに目を覚ます。


「ん……あれ、もう朝……?」


 身体を包み込む毛布の温かさに浸りながら、ぼんやりと昨夜のことを思い出す。


「そうだ、サフィラスは――」


 起き上がると視界の隅に、見慣れた白銀が映る。下を向くと、そこにはサフィラスが横たわっていた。そのあどけない寝顔に、リベラはくすっと笑う。


「良かった、ソファーで寝てなくて。……けど、毛布を全部くれなくても良かったのに」


 更に視線を動かすと、彼の解けた髪がベッドから垂れ下がり、今にも床に触れようとしているのが見えた。


「よいしょ、っと……」


 リベラは膝立ちをすると、白銀の髪を持ち上げ、ベッドへ引き上げる。するとサフィラスが僅かに身じろぎ、やがてゆっくりと目を開いた。


「おはよう、サフィラス」

「……うん、おはよう」


 リベラが笑顔で挨拶するも、サフィラスは再び瞼を閉じる。しかし数秒後、急に飛び起きた。


「――っ、すまない。この事は忘れてくれないだろうか」

「?」

「……いや、気にしないでおくれ。朝食の支度をしてくるよ」


 首を傾げるリベラの視線を避けるように、サフィラスは足早に部屋から姿を消した。暫くドアの向こうを見つめるリベラだったが、自身も追随しようと床に足をつける。すると足先に、何かが絡まった。


「あ、髪紐忘れてる……」


 それは、普段サフィラスが髪を纏める際に使用している黒い革紐だった。リベラは拾い上げると、軽く叩いて埃を払う。編み込まれた革紐には紫苑色の宝石が一つ付いており、リベラは森で宝石を拾った時を思い出す。


「あれ? これにはお花は浮かんでないんだ」


 角度を変えていると、ドア越しにロアの声が飛んでくる。


「リベラちゃーん、起きてるかしら? 朝ごはん出来たわよー」

「うん、今行くね!」


 リベラは今度こそベッドから下りると、ローテーブルでアピールをするネーヴェをポシェットごと持ち上げる。そして壁に掛けられた姿見で軽く身支度を済ませると、階段を駆け下りた。

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