第8話

「……それは難しいね」

「どうして?」

「要求の対価として、リベラに対し危害を加える可能性があるからさ」

「そうなの?」

「……察知出来なかったのであれば、敢えて宣言しよう。彼は、幼子を手籠めにするのをいとわない輩だ。いくらイルミス国の庇護を受けたところで、人の本性を制することは不可能。ならば、火の粉が降りかかる前に撤退するべきなんだ」

「でもね、私には一緒にお話したいだけに見えたよ」

「……、ね」

「うん。何回も近くに来たのは、きっとタイミングを見てたからなんだって思うの。お馬さんにもゆっくり休んで欲しいし、せっかくだから村長さんともお話ししてみたいな」

「それがたとえ、罠だとしても?」

「? うん!」

「……分かったよ。気乗りしないが、打診してみよう。ロア、構わないかな?」

「ええ、アタシに任せて頂戴。今までは村長の雰囲気に呑まれちゃってたけど、今度は呑み返してやるんだから!」


◇◇◇


 村を一望出来る高台に、村長の家は建てられていた。幾度も曲がりくねった道は石畳で整備され、ガーデンライトがその傍らに点々と挿し込まれている。


 道なりに歩いていくと、白塗りの豪邸が鉄柵に護られながら佇んでいた。その横には、槍を構えた男が二人。彼らはサフィラス達を視認すると、無表情のまま接近する。


「お待ちしておりました。皆様方が、イルミス国の大使御一行様でお間違いないですか?」

「ええ、そうよ。既に話は伝わっているようね」

「勿論でございます。つきましては、早速お通ししたく存じますが――そちらの御仁。ご着用なさっている剣をお預かりしても宜しいでしょうか?」


 サフィラスは暫し沈黙した後に、剣帯から鞘ごと外して差し出す。


「……ああ、構わないよ」

「有り難うございます。こちら、後ほど村長の御手からご返却させていただきます」


 警備の男は早速受け取ると、後方で待機する仲間に手渡す。そして空いた手で鍵を持つと、徐に扉を開いた。


「では、ご案内いたします。段差がありますので、くれぐれもお足もとにご注意ください」


◇◇◇


 警備の男に続き、一行は建物内部を進んでいく。ニッチには、耳の大きな動物を模した陶器の置物や、色鮮やかな硝子がはめ込まれた花瓶が飾られており、リベラはその一つ一つを目で追っていった。


 やがて螺旋階段を二度に渡り上った末に、警備の男は黄金に輝く蜂が持つドアノッカーを鳴らす。そして、扉の先で紅茶を嗜む主人に頭を下げた。


「失礼します。客人がお見えになりました」

「うむ、ご苦労。貴様は持ち場に戻ると良い」

「承知しました」


 警備の男は再び頭を下げ、間を入れず退出する。そして静寂が訪れると、村長は口元をナフキンで拭い立ち上がった。


「……ふっ、ようやく来おったか。早速で悪いが、隣の賓客室まで移動してもらうぞ。外部から影響を受けぬ場で、じっくりと語り合おうではないか」

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