第9話

 サフィラス達は村長先導のもと、隣の部屋に足を踏み入れる。縦に伸びた白いテーブルには、椅子が四脚。奥に一脚、手前には三脚といった状態で並べられていた。


 村長は奥の椅子に腰を落とすと、立ち尽くすサフィラス達を手招く。


「ほら、そこに座るのだ。席順は問わんぞ」


 それぞれの椅子の前に設置されているのは、シャンパングラスと計八本のカトラリー、そして間に挟まれた一枚の純白の皿。皿の上には、三角に立てられたナフキンとメニュー表が乗せられており、サフィラスは眉を顰めながら村長に問う。


「……これは?」

「ディナーの支度だ。見て分からぬか? ……もしや、既に夕食は済ませておるのか?」 


 視線を向けられたリベラが首を横に振ると、村長はニッカリと笑う。


「そうかそうか! ならば、コックには一層腕を振るって貰わねばな! 因みに少女よ、嫌いな食材は無いかね?」

「うん、何でも平気だよ」

「ほう……大の大人ですら選り好みするというのに。さぞ両親は、食育に精を出していたのであろうな」

「……」


 表情を曇らせるリベラを尻目に、サフィラスは再び村長に問い掛ける。


「それよりも。キミは一体、何を目論んでいるんだい? まさか実の無い会話に勤しみたいが為に、私達をに掛けた訳ではないだろう?」

「フッ、つれぬ男よ。 ……何、純粋な興味だ。出会い頭に言ったであろう? 「込み入った事情がありそうだ」と。馬車自体は、貴族であれば誰であろうと持ち得る。だがあの馬車の側面には、ごく小さいながらもイルミス国の紋章が彫られていた」

「……あの短時間で、よく見つけたね」

「ワシの観察眼を見くびるでないわ。 ……公認の大使であれば、事前に連絡を寄越すはずだ。だが、貴君らは不意に現れた」

「……」

「ワシはこれまでに数え切れない程の客人を迎え入れたが、貴君らのような存在は一度たりとも見た事がない。まさに前代未聞の事態だった。だからワシは、こうして半ば強制的に膝を突き合わせる機会を作ったのだ。そして、更なる興味は――」


 すると村長は立ち上がり、サフィラスに歩み寄ると顔を覗き込む。


「ふむ……やはりそうだったか。今まで霧が掛かったように姿を捉えられんかったが、貴君は――」

「――っ、触るな!」


 突如声を荒らげるサフィラスに、リベラが短く悲鳴を上げる。その声に我に返ったサフィラスは、目を伏せ一歩下がる。


「……すまない、リベラ。驚かせてしまったね」

「ううん……大丈夫。大丈夫だよ」


 リベラが口を閉じた後、耳鳴りがする程の静寂が、部屋を支配する。


『っ……最悪だ。このままではロアの取り計らいも、リベラの願いも白紙に戻ってしまう。此処から事態を好転させるには――』


 サフィラスがすぐさま思考を巡らすも、それを待たずしてロアは靴の踵を鳴らして歩き出す。そして椅子に腰掛けると顔を上げた。


「――断りなく着席してしまい、申し訳ありません。ですが先程のお話によれば、コックの方々にお待ち頂いているとのこと。 ……恥ずかしながらわたくし、とても心待ちにしておりまして。是非ともお料理が冷めてしまう前に、ご相伴にあずかりたく存じます」


 そう照れくさそうに笑うロアに、村長は大口で哄笑こうしょうする。


「フッ――ハハハッ! 貴君も中々面白いではないか。名は何と言う?」

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