第10話

「ご紹介申し遅れました。私は、ロア・アステールと申します。そして彼女がリベラ、彼がサフィラスと申します」

「ほう? 貴君はラストネームを持つのか。身なりの派手さこそないが、それも為の策という訳か」

「……ええ、仰る通りです。出で立ちで人々に先入観を植え付けてしまっては、目的の妨げになりますから」

「うむ、殊勝な心掛けだ。やはり貴君らを招いて正解だったな」


 村長は感心したと言わんばかりに頷くと、テーブルに置かれた花形のベルのハンドルを持つ。しかし音も立てずに三回横に振る様に、リベラが首を傾げた。


「あれ? それ、壊れてるの?」

「いや、正常だとも。これはシェフが携帯しているベルと連動しておる。故に、音がせずとも合図を送ることが出来るのだよ」


◇◇◇


 そうしてサフィラス達は、村の特産品をふんだんに使った料理の数々で腹を満たされていく。華やかに作り上げられた野菜のオードブルを空け、次いで運ばれてきた魚とジュレを口にする。


 やがて村長は、真正面でフォークを動かすロアに、他愛のない話題を持ちかける。


「コレは既存の魚を交配させた、村独自のハイブリッドなのだよ。肉厚でありながら、ほろほろと解ける繊細な身は、魚嫌いな人間すら虜にする。どうだ? 貴君の舌にも合うと良いのだが」

「勿論でございます。魚介料理は幼い頃より好んで食してきましたが、これほど上品な味わいの魚は初めてです」

「フッ、そうであろう。いくら貴君が貴族であろうと、おいそれと口に出来る代物ではないからな」

「……それほどまでに貴重なものを頂けたとなりますと、他の方から羨望の眼差しを受けてしまいそうですね」


 小さく笑うロアに、村長は意地の悪い笑みを浮かべる。


「その程度、気に掛けることもあるまい? なにせ貴君らは、既にイルミス国王から寵愛ちょうあいされておるのだからな」

「ふふ、寵愛だなんて恐れ多い。私達はただ、下賜かしされただけでございます」


 すっかり一行の話し手となったロアは、普段の柔らかい雰囲気とは打って変わり、凛とした表情で村長と向き合う。


「ところで……半日ほど観光させて頂きましたが、こちらの村は公開されている情報の通り、とても自然が豊かで美しいですね。訪れた喫茶店で伺ったのですが、食材は全て村内で賄っていらっしゃるとのこと。そちらでは軽食を頂いたのですが、新鮮な野菜の食感は素晴らしいものでした」

「ほう、それは何処の店かね?」

「厩舎よりほど近い、生垣に囲まれた喫茶店でございます」

「ふむ……“垣根を越えて”だな。覚えておこう」

「――そしてご存知の通り、私達はこの村の象徴である学舎にも足を運びました。数多くの教材から必要に応じて実物を選択し、用意して頂けるシステムは画期的であり、通われている生徒の方の笑顔も頷けます。まさしく世界屈指の、理想的な教育環境でした」

「うむ。各国から期待されている手前、環境の維持や改善を怠ることなど、決してあってはならないからな」

「敬服いたします。ですが……そのためには、莫大な資金は必須。公開されている情報によりますと、資金源は村内で収穫された食材と書かれておりますが――」

「……フッ、はもう充分であろう? いい加減、貴君らの本心を聞かせてもらおうか」


 そう言うと村長は、テーブルに置かれたメインディッシュにフォークを突き刺した。

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