第40話

 そうしてサフィラス達は、今日一日の安静を言い渡された村長に合わせ、医務室で共に夕食を摂る。それは、備え付けられたテーブルの上に料理を並べてもらい、ベッドの縁に腰を落として食べる形であった。


 村長宅から駆けつけたコック達は、急な要望だったにも拘らず、どこか喜ばしげに皿を並べており。その理由を密かにリベラが尋ねると、「村長が元に戻ってくれて、とても嬉しいんです」と、コックは満面の笑みを浮かべた。


◇◇◇


 一同が村の特産品を使ったフルコースを堪能し、コック達がティーポット一つとカップ五客を置いて立ち去った後。村長は重い瞼と戦いながら、緩やかに語り始める。


「……エルリカと出逢ったのは、今からおよそ二年前。珍しく、村に雪が降り積もる日であった。彼女は細身の人物と共にフード付きの白いローブを纏い、村の前に立っていた。きょろきょろと不安げな表情で周囲を警戒する彼女に対し、同伴者は、最後まで顔を晒すこともなくてな。国籍すら隠し、筆談にてワシに「彼女を引き取って欲しい」と申し出てきたのだ」


 ロアがカップにミルクティーを注ぎ、リベラが慎重にソーサーを支えながら配っている中、サフィラスは淡々と疑問点を訊いていく。


「随分と露骨な怪しさだけれど、キミは訊問をしなかったのかい? この村の役割を逆手に取り、間諜かんちょうを忍ばせようと画策する者もいるだろうに」

「そうさな、確かにこういったケースは初めてであったが……“要件を満たせばその者の出自を問わない”という盟約がある以上、ワシは詮索出来ぬ。許されているのは、「この村に来たいか」という意思確認のみなのだよ」

『……成程。この村にも、陰で糸を引く者がいるということか。彼女から受け取ったチョーカーといい、折を見て調査するべきだろうか』


 村長はミルクティーを飲むリベラを一瞥すると、サフィラスに視線を戻す。


「そしてエルリカは、一片の迷いもなく「ここに居させてください」と答えた。身なりや表情、言動は至って普通――決して虐待を受けた様子は見られず、むしろとすら思えたのだが……」

「それでも彼女は、この村に残ることを望んだ。とすれば、当時の彼女には自身の意志が無かった――留まるよう、フードの人物が命じていたと考えるのが妥当だろうね」

「ほう、何故そう思うのだ?」

「件の部屋で、彼女の本心に触れたからさ。僅か数分程度だったけれど、推察するには充分だったよ」

「おお、それはそれは――」


 すると村長は急にそわそわし、髭を弄り始める。しかしリベラと目が合うと、顔を赤らめ咳払いを一つした。


「……ごほん。して、エルリカは何と言っていたかね? その……ワシに対して、不平不満やら抱いていただろうか」

「ああ、キミは彼女からいたく評価されていたよ。随分と懐いているようだった」

「そうか、あのエルリカが……」


 村長は暫くの間目頭を押さえると、袖に目を擦らせる。やがて深呼吸をすると、彼女の過去をつまびらかに声に乗せた。


「エルリカは、感情を表に出そうとしない子でな。容姿も相まって孤独を望むが故に、他の生徒の目が届かぬ歴史館で過ごさせていた。しかし最近は、他者との交流に抵抗が薄れていたようでな。だからワシは、手始めにあの三人と友人になってもらうべく、機会を見計らっていたのだ。しかし……」

「「まさか彼女達の出逢いが、ああも最悪なものになってしまうとは思わなかった」と」

「……うむ。印象というものは、出逢ってから僅か数秒で決まる。それが極端であればあるほど、以降の言動に影響を及ぼすという話は、貴君も知っているであろう?」

「ああ、嫌というほど味わったさ。けれど、それがどうかしたかい?」

「……このままでは、エルリカは再び心を閉ざしてしまう。ワシの睨んだ通り、貴君はエルリカと似た境遇の持ち主のようだ。だから――」


 村長が言葉尻を張り上げると、サフィラスは静かに答える。


「……随分と回りくどい。そして、キミらしくない頼みだね。確かに私と彼女には、出自という共通点こそあるけれど。それは単なる事実であり、昵懇じっこんの契機とは成りえない。明日にも出立する私よりも、長きにわたり衣食住を共にする生徒達の方が、余程適任なのではないかな」

「そうかもしれんが……ワシはもう、過ちを犯したくないのだ。彼らだけで解決出来るのであれば良いが、大人の介入が必要な事態が来ないとも限らん。ワシはもう、自身を過信し他者を不幸にしたくないのだよ……」

「――」


 弱々しく肩を落とす村長に、もはや出逢った当初の尊厳は無く。サフィラスは、リベラからの眼差しの気配を受けながら次の言葉を選ぶ。


「……であれば、話の続きを聞かせてほしい。そこに恐らく、解決の糸口が有るはずだ」

「う、うむ。その後正式にエルリカを引き取ったものの、彼女は言葉を交わすことを頑なに避けてな。ワシが一方的に、ここでの食事や生活のルールについて、話し掛けるだけであった。他の生徒と同じように、絵本やぬいぐるみを用意するなど様々な手段を試したが……どれも効果は得られなかった」


 村長はテーブルに手を伸ばすと、湯気の無くなったミルクティーを飲み干す。そして、添えられたナフキンで口元を拭った。


「しかしワシは諦めることなく、毎日エルリカにアプローチし続けた。そしてある日――日課である研究エリアへ散歩に行った時、遂に想いが届いたのだ」

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