第29話

 時は少し遡り、サフィラスが漆黒の扉を通り抜けた頃。リベラとロアは、アイラ達と共に机を突き合わせていた。教室の半分以下の小さな個室には、6台の机が島を作っており、そのうち中央の1台には、もぞもぞと動くリベラのポーチが置かれている。


 窓から流れ込む麗らかな風に誘われ、机に伏したまま居眠りをするケインを尻目に、ユールはノートに書かれた記号を指でなぞる。


「――というのが、この計算の解き方です。リベラさん、理解出来ましたか?」

「うう、頭痛い……でも、何となく分かった気がする。きっと、ユールの教え方が上手だからだね!」

「ありがとうございます。リベラさんは飲み込みも早いですし、体験で済ませてしまうのは勿体ないです」

「えへへ、ありがとう」


 彼女達が紐解くは、面積の計算。ピザを具体例に、その一枚がどれほどの大きさかを求めていた。ユールがペンを手に取り式を書いていると、ケインがぼそぼそと寝言を言い始める。


「う〜ん……もう食えねえよ……ユールとアイラも食うか……? うわっ、まだ……来る……!」


 苦しそうに唸る様に、ケインは呆れ、アイラは微笑みを浮かべる。


「ふふっ……。ケインってば、ご飯を食べる夢でもみてるのかな……?」

「うおお、ピザが一枚……ピザが二枚……頼んだ数より多い、多いってば……」


 アイラは自身の膝に掛けていたブランケットを手に取ると、ケインの背中にそっと被せた。そんな二人を温かな眼差しで見つめていたロアは、表情を曇らせるユールに声を掛ける。


「それにしても、ユールくんは本当に頭が良いのね。アタシも勉強はそれなりにしてきたつもりだけど、こんなに早くは吸収できなかったわ」

「ありがとうございます。これでも、この学園に来て10年経ちますから。きっと、その分の成果なんだと思います」

「立派だわ。それでいて、とっても謙虚。アタシも見習わなくっちゃ。それにしても、10年って……もしかして、ユールくんは――」


 ロアが言葉を詰まらせると、ユールは代わりに過去を語り始める。


「はい、ロアさんのご想像の通りです。 ……ぼくは、産まれてすぐに母親に捨てられました。今日みたいな暖かい季節に、ひっそりとクーハンに入れられて。置かれた所は、人々の憩いの場である噴水広場だったそうです。そこでぼくを見つけてくれたのが、村長でした」


 リベラとアイラもペンを置くと、彼の独白に耳を傾ける。


「身寄りが無ければ、生きる希望も無くて。喋れる年になっても、ぼくはずっと、空っぽの毎日を過ごしていました。そうしたらある日、村長はぼくに言ってくれたんです。「ユールの記憶力は素晴らしい。その強みを活かせば、将来必ず親に再会出来る」と」

「やっぱり、親には会いたいって思うの?」

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