第24話

 未だ路地裏にいる三人と一匹は、それぞれの役割を演じるべく、締めの言葉を交わしていた。サフィラスはネーヴェに触れると、徐にフードを被る。


「では、手筈通りに頼むよ。不測の事態が発生した際には、躊躇わずに使用してほしい」

「ええ、この子たちのことは任せて頂戴。大丈夫、アクシデントなんか起こさずに乗り切ってみせるわ!」

「サフィラスも気をつけてね!」


 大通りへ駆け出す二人を見送ったサフィラスは、静かに目を瞑ると言葉を紡ぐ。


「――Oysehtolc刹那る衣よ,Eotamyem此身に纏え


 すると空中に光の粒子が舞い上がり、次々とローブに降り注いでゆく。やがて裾まで行き渡ると、仮面を外して大通りへと向かった。


 そうしてサフィラスは息を潜めながら、道中繰り広げられる大人達の会話に耳を澄ます。初めに聞こえてきたのは、学舎から少し離れたところで佇む中年の男女の会話だった。薔薇色を基調とした、ゆったりとした衣装で着飾る彼らは、双眼鏡を片手に淡々と会話をする。


「どうだ? めぼしい子供はいたか?」

「いいえ、居ないようです。頂いた冊子に数人可愛らしい子がいたので、期待していましたが……教室のプレートに名前が記載されていないところを見るに、どうやら先を越されてしまったようです。仕方ありません、また新規入荷の知らせが届く日を待ちましょう」

「そうか。では、今日のところは出直すとしよう」


 男は双眼鏡を折りたたむと、手に提げたバッグへ仕舞う。そして、口元を歪める女と共に踵を返した。


 次いで聞こえてきたのは、若い男女の会話だった。お揃いである、フリルのついた金糸雀色の衣装を着て手を繋ぐ二人は、うろちょろと慌ただしく校庭を駆け巡る。暫くして女は、教室内で答弁を行うユールをひと目見ると、喜びの声を上げた。


「ねえ、見てみてダーリン! あの子とか、とっても素敵じゃない?」

「んん? どの子だい、ハニー?」

「ほら、あそこ! 緑色の髪に、金色の目をした男の子! ルックスもカッコイイ上に、頭もすっごく良いんですって。うーん、どうしましょう……悩ましいですわ」


 女は手元の冊子とユールを交互に見ると、やがて小さく溜息をつく。その様子に男は大きく頷くと、ニカッと歯を剥き出した。


「成程成程。分かるよ、ハニー。あの子がだから決めかねているんだね」

「そうなの。純血であれば即決しましたのに……」

「ハハッ、なら学園内に突入してみないかい? もしかすると廊下ですれ違いざまに、ビビビッと電流が走るような、運命的な出逢いがあるかもしれないぞ!」


 その言葉に女は目を見開くと、口元に手を当てる。


「盲点でしたわ! では早速行きましょうダーリン! 誰かに買われてしまう前に!」

「うんうん! 相変わらず行動が早い、だがそこが好きだぞハニー!」


 そして二人は熱い口付けを交わすと、スキップをしながら来賓窓口へと向かっていった。


 事の一部始終を見届けたサフィラスは、鳴り止まない耳鳴りを遮断するように思考を巡らす。


『……この村が羽振りが良い本当の理由は、やはりだったのか。だとすれば、彼が姿を消したのも頷ける。……歳を重ねて売れ残ったペットが辿る最期など、碌なものではないのだから』

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