第23話

 二人して首を傾げる様に、サフィラスは声を落とす。


「此処を訪れてから、もう三日目。けれど未だに進展もなく、馬もかどわかされたまま。このままでは埒が明かないから、扉を開きに学園へ赴こうと計画を立てていたんだ」

「扉ってまさか、昨日の――ちょ、ちょっと! そんなことして、村長を脅すつもり!?」

「どう捉えてもらっても構わないよ。ただ……否定するのであれば、今日中に済む案を発して欲しい」

「……それは」


 ロアは言葉を詰まらせるも、冷静に言葉を返す。


「でも村長だって、流石に引き際も考えていると思うわ。アタシ達がイルミス国と繋がりがあるって知ってる以上、過度な動きはとれないはずよ?」

「確かに、彼の言動は現時点でグレーだ。加えて、此方は証拠として何も残していない。迂闊な行動をとるのは、相手の思う壺だろう」

「だったら――」

「それでも。このまま翻弄され続けていては際限が無いのは、ロアも理解しているだろう。いずれ掌握可能と睨まれてしまえば、今度こそお仕舞いだ」


 ロアは口元に手を当て考え込む仕草を見せ、次いでリベラと目を合わせる。それにリベラが両手を握って返事をすると、やがて頷いた。


「……そうね。もともと短期滞在の予定だったもの。分かったわ、作戦を教えてくれるかしら?」

「ああ、手短に伝えよう。少々粗雑なものだけれど、立つ鳥跡を濁さずというヒトのことわざかんがみて、私なりに最善は尽くすつもりさ。リベラも覚悟は出来ているかい?」

「うん。また学園に行けるんだよね?」

「そうだね。それに伴って、リベラにも任せたい任務があるんだ。引き受けてくれるかい?」


 そう言うとサフィラスはリベラの手の平に、彼女の親指ほどの大きさの小さな白い笛を乗せる。


「わあ、かわいい! これで何をすればいいの?」

「それはね――」


◇◇◇


 彼らが内密に作戦会議をしている頃。テニスコート程の広さの真っ白な部屋では、村長が檻越しに、杜若かきつばた色の髪の青年と対峙していた。毛髪は縮れ、所々に枯れ葉が刺さったままの彼は、檻の隅で両手を震わせながら、身体を小さく丸めている。その傍らには冷めきったスープが置かれており、村長は怪訝な表情をあらわにする。


「まったく、今日も食餌に手をつけていないのか。このままでは本当に死んでしまうぞ?」

「……」

「村の外で見つかったと聞いた時は、流石にワシも肝を冷やしたが……のう、ジェイド。お主、何故村を脱走した?」

「……それ、は――ごほっ、ごほごほっ!」


 床に撒き散らされた鮮血に、村長は顔を顰める。


「成程、口を割る前に自死するつもりか。 ……まあ、理由なぞ聞かなくとも想像はつくがな。大方、安楽死から逃れたかったのだろう?」

「っ……」

「“誰からも愛されずに死ぬくらいなら、せめて自身の選んだ結末で死にたい”という気持ちは、痛いほど分かる。誰しもが思う感情だからな。 ……その様子だと、今夜が峠であろう。ならばその根性に応え、お主にとっておきの晴れ舞台を用意してやろうではないか」


 愉快そうに笑う村長に、ジェイドは顔を上げると、咳込みながら真意を尋ねる。


「何、を……げほっ! 僕に何を、するつもりですか……っ」

「フッ、案ずるな。お主は何もせず、ただそこに居るだけでよい。一時間と経つ前に、楽にしてやろうぞ」


 すると村長は、テーブルの上で揺れる金色のベルをつまみ上げ、ジェイドの視界に入れる。


「――開幕を告げる鐘の音だ。せいぜいワシの記憶に残るよう、生命を賭して奮闘したまえ」

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