第21話
テーブルの上を彩るは、帰路の途中に専門店で購入した、メレンゲのパンケーキ。動物を象った生地の上には、可愛らしい果物の冠が乗せられている。
リベラは躊躇いながらもナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切ったパンケーキで、羽の形をした生クリームをそっとなぞる。
「ん〜! このパンケーキ、すっごく美味しい! ロアも食べてみて!」
「どれどれ……っ、何これ! ホント、めちゃくちゃ美味しいわ!」
ネーヴェも一心不乱に食べ進めており、サフィラスは手元の皿をリベラの前へ動かす。
「それ程気に入ったのであれば、私の分も食べるかい?」
「ううん、大丈夫だよ。明日また買いに行けるもん。それとも、パンケーキ苦手なの?」
「ん? ああ、そういう訳ではないよ。ただ――」
「?」
「……いいや、何でも。では、私も頂くよ。食材に罪は無いからね」
◇◇◇
その夜。サフィラスは湯船でひとり、自身の手を見つめていた。
『……ヒトの細胞は、早い部位では数日、遅い部位では数年かけて入れ替わるというけれど』
リベラと出逢い、ロアと出逢い。二つの村を訪れ、一つの国を訪れ。過ぎた日々は、遂に片手で数えられなくなった。一体私は、故郷を離れた日から何食摂取し、どれだけの代謝を行ってきたのだろう。
『その理論で言ってしまえば、既に私の身体の幾分かは、あの日と異なる事になる』
――復讐を決行した、焔下の夜。燃え盛る憎しみは、日増しに減衰するばかり。
『ヒトを憎み、恨み……あまつさえ、その生命を絶とうとした筈なのに』
今では寝食を共にし、同じ時を重ねている。森で孤独に過ごしていた日々は消え去り、いつしか自身の心には、新たな感情が芽生え始めていた。
『……今の私はまるで、忌避すべきヒトそのものだ』
徐に立ち上がり、壁に備え付けられた鏡へ手を当てる。
『最終的な外見は、遺伝情報よりも環境に左右されるという。ならば、この姿もいずれ――』
ヒトと異なる、唯一の証明。それすらも失ってしまいそうな恐怖を、瞼を閉じて振り払う。
『……悠長に旅を続けてはならない。けれど、二人を蔑ろにすることも後味が悪い。 ……私はこれから、どう行動すべきなのだろう』
鏡をシャワーのお湯で
「あ――!」
眼前に立っていたのは、顔を真っ赤にしたリベラだった。その手元にはバスタオルを抱えており、次いで空の籠に視線を動かすと、サフィラスはようやく理解する。
「……ああ、成程。私としたことが、部屋にタオルを忘れて来てしまっていたね」
「えっと、そうなの。だから、こっそり置いておこうと思って……!」
「それは申し訳ないことをさせてしまったね。すまない、出直すよ。持ち運んでくれて有り難う」
「う、うん」
サフィラスがシャワールームのドアを閉めると、リベラはそろそろとタオルを籠に入れる。そしてその場から離れ、壁にもたれ掛かった。
「少しだけしか見えなかったけど、首もとにあった模様……どこかで見たことあるような……」
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