第19話
「……キミは? 私に何か用でも有るのかい?」
「……」
灰色の髪の少女は、無言でサフィラスの瞳をじっと覗き込む。やがて徐に帽子を取ると、前髪を掻き上げた。
「見て、お揃い」
「っ、その瞳は――」
濁りきった
「ふふっ、びっくりした?」
「ああ、驚いたとも。その瞳は本物かい?」
「うん」
「そうか……ならキミも、
「……ついて来て。彼も真実も、全ては真っ黒な扉の中に隠されているわ」
帽子を目深に被り直す少女に、サフィラスは問い掛ける。
「……キミは、初対面の私に何を託そうというんだい?」
「――」
しかし返答は叶わず、少女は館外へと姿を消した。
『漆黒の扉……?
少女の辿った扉を遠目で見ていると、リベラの声が耳に入る。
「サフィラス、ただいま! 誰かとお話してたの?」
「おかえり、リベラ。 ……此処の生徒に「食券を譲ってくれないか」と頼まれてね。使わずに腐らせてしまうくらいならと、渡したところさ」
「そうだったんだ……でも、サフィラスは大丈夫なの?」
「私は平気だよ。朝食を多めに摂ったからね」
「分かった。けど、お腹すいたら言ってね。私の分、分けてあげる!」
「ふふ、有り難う。その気持ちだけで充分嬉しいよ」
やがて後続のロアも着席すると、疑問を口にする。
「でも、生徒の皆も食券は持ってるんでしょう? なんで欲しがったのかしら」
「大方、紛失でもしたのだろう。それより、今は食事の時間だ。ご覧、ネーヴェも待ち切れないと暴れているよ」
「あら、ホントだわ。ふふっ、相変わらず食いしん坊さんなんだから」
ネーヴェがリベラのランチプレートに乗り上げようとしている様に、ロアはネーヴェを掬い上げる。そして、蒸し野菜を乗せた小皿に導いた。
◇◇◇
ランチタイムに村長から聞けた説明は、以下の内容だった。
在籍している生徒は、最年少は生後間も無い乳児であり、最年長は17歳。教室及び就寝部屋は年齢ごとに階層で区切られており、歳を重ねる毎に上の階へと上がるシステムとなっている。
また、彼らは衣食住の一切を保証されている代わりに、対価として村の資源の育成に取り組んでいる。それは単なる労働としては終わらず、無垢な彼らの情操教育に一役買っている。
そしてこの学園において最終目標は、成人年齢を迎える前に養親のもとで第二の人生を開始すること。その為に村長は、教師と結託して縁を結んでいると。
◇◇◇
やがて鉛色の空の昼下がりに、サフィラス達は別館に通される。
重厚な扉の先には、壁を覆い尽くす程の本と、ガラスケースに展示された大鎌が、ひっそりと眠っていた。仄暗い空気を照明で掻き消すと、村長は手元のランタンの光を落とす。
呼吸の音すら響く静寂の中、サフィラスは村長に尋ねる。
「此処は随分と静かなんだね。普段は閉ざしているのかい?」
「うむ。年端も行かぬ彼らでは、紛失や損壊の可能性も大いに有り得るからな。流石に任せられんと言う事で、月に一度、こうしてワシが管理しに来るのだ」
ロアは周囲を見渡すと、小さく頷く。
「そうなのですね。ではこちらが、公開されている“歴史館”ということでしょうか?」
「そうだ。もっとも――いや、今は案内をする時間だな。ついて参れ」
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