第3話

 そう言うと村長は、穏やかな口調でロアの手を固く握る。


「あ、ええと……素敵なお誘い、心より嬉しく存じます。ですが生憎と、先約が有りまして」

「ふむ、それはワシよりも立場が上の者との約束かね?」


 手の力を強める村長に、ロアは目を泳がせる。


「……それは」

「そこな貴君も、ワシの誘いより先約とやらを優先するつもりかね?」


 次いで視線を浴びそうになったサフィラスは、馬の陰に回り込むと冷たく言い放つ。


「……すまない、道を開けてくれないだろうか。一刻も早く、馬を休ませてあげたいんだ」

「――ああ、失敬。つい悪癖がでてしまった」


 村長は目を細めると、道の端に引き下がる。そして手に持っているステッキで、前方を指し示した。


「厩舎はこの先を道なりに進み、一つ目の分かれ道を右に向かった所にある。 ……上等な馬だからな、存分に労ってやりたまえ」

「そうか、では失礼するよ。リベラもおいで」

「う、うん」


 サフィラスはリベラの肩に触れると、手綱を引く。ロアも村長に辞儀をすると、その後に続いた。


◇◇◇


 村長の言う通り、厩舎は道の果てに建っていた。林の中にぽっかりと丸く切り開かれた其処には、囲いが幾つもあり、その一軒一軒に馬が一頭ずつ寛いでいた。厩舎の入口に立てられたプレートには、各々の馬主の名が刻まれており、ロアは目を丸くする。


「……すごいわ、まるでホテルみたい」


 道の両側を交互に見ながら、一行はロアが先陣を切る形で、その先の建物へ向かう。そして扉の前で、サフィラスは立ち止まった。


「私は此処で待機しているよ。手続きを済ませたら教えておくれ」

「ええ、分かったわ」


 サフィラスに馬車の監視を任せ、ロアとリベラの二人で建物内部へと足を踏み入れる。そして、女性の立つ受付カウンターへ進んだ。


「こんにちは、ようこそお越しくださいました。厩舎のご利用期間はお決まりですか?」

「そうねえ、とりあえず72時間で申請しても良いかしら?」

「かしこまりました。ではこちらの用紙に、お連れ様を含めた全員のお名前と、お預かりするものを全てご記入下さい」


 ロアは女性からペンを受け取ると、三人と一匹と一頭の名前、そして馬車と荷台に乗せた大まかな荷物の内訳を書いていく。


「はい、これでお願いするわ」

「ご記入、ありがとうございました。では本日4月7日午前10時から、4月10日の午前10時まで、責任をもってお預かりさせて頂きます」

「お会計は村を出るときかしら?」

「はい。お支払いにつきましては、事後精算となっております。それでは、いってらっしゃいませ」


◇◇◇


 二人はサフィラスと合流すると、周囲に気を配りながら村の中心地へ移動する。


「それにしても、さっきはホントに焦ったわ……サフィラスちゃんが助けてくれなかったら、きっと今頃みんな仲良く連行されてたでしょうね」

「あの場は引き下がってくれたけれど、滞在中は常に警戒しておこう。この村が彼の支配下にある以上、いついかなる時に強硬手段をとられるか分からないからね」

「そうね……」

「ともあれ、今は気分を一新しよう。キミは此処へ訪れた目的を果たすんだ」

「ええ」


 ロアは頷くと、リベラに声を掛ける。


「リベラちゃんは、お勉強に興味はあるかしら?」

「おべんきょうって?」

「例えば、「どうして火は燃えるの?」とか、「世界は昔、どんな感じだったの?」とか。今までに「これってどういう理由でこうなったの?」って、不思議に思ったことはないかしら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る