2-①

「平和公園の怪?」



 すっとんきょうな声を上げて、ハルは聞き返す。


「そう、もう三、四年前かな。中学の側にあるでしょ? ちょっとした遊具がある小さな公園」


 ハルの家とは病院を挟んで反対方向にあるので、子供の頃遊んだことはないが、通っていた中学校の近くにあり、美化活動をしたり、下校途中に水を飲んだりしていた。


 近くに団地があったためか、よく小さい子をつれた母親の団体を見かけた。



「そこで遊んでいたはずの三歳くらいの男の子と、そのお父さんが、突然行方不明になっちゃって。財布も何も持たずに、遊んでいたはずの三輪車を残して……って、あの頃ワイドショーとかでも結構取り上げたりしてたけど……」


「思い出した、あの時の……」


「そう、残された奥さん。いなくなった子、ここで産まれたのよ、私が産科に入る前だけど」




 さすが、病棟の主、看護師長、情報はきっちり押さえてある。


「あの人がここにボランティアに来るようになったのは、一年半くらい前からかな。それで気付いた佐原主任が声をかけたんだって」


「指導者さんが?」


「そう。彼女の分娩、担当したんだって。知り合いだし、お久しぶりですね、って感じで。そうしたら……」



「師長!」



 遮るように部屋に入ってきたのは、当の佐原主任=臨地実習指導者である。


 午前中、泣き叫ぶ菜摘さんを叱咤激励し、分娩室を追い出された俊明さんに立ち合いのチャンスを与えるよう説得してくれた、とっても頼りになるベテラン助産師……が、今は無表情で、師長を見下ろしている。



「可愛いハルくんとの逢瀬の途中申し訳ございませんが、そろそろ学生のカンファレンスを始めたいので、ハルくんと、この部屋をカイホウして下さい」



 昼休みのあと、小児病棟の方を気にして覗き込んでいるところを師長に見つかり、事情を聴かれてつい、移動図書室にやって来た女性のことを話してしまった。


 その後、ナースステーションの奥にある面談室に、産科病棟の谷川看護師長が、師長権限でハルを呼び、話をしていたのである。



「すみません。僕が、師長に無理をお願いしたものですから」


「やだなあ、解放と開放を掛けるだなんて、佐原主任ウマイ!」


 素直に頭を下げるハルの隣で谷川師長が茶化す。途端、佐原主任は、笑顔になる、が目は笑っていない。


「お誉めの言葉はありがたく頂戴します。ついでに、その話しは、私が引き継いで土岐田君に話します。イ・イ・わ・よ・ね? ハルくん」



 実習中は公私の区別を付けるため、姓で呼ぶ佐原主任だが、敢えて師長の前で「ハルくん」と呼ぶ、その笑顔がコワイ。



「お願いします……」



 期せずして師長とハル、異口同音で縮こまる。



 前言撤回。



 産科病棟の真の主は、産科一筋ウン十年の助産師、佐原ミチその人であった。




 影の産科師長、と呼ばれる佐原助産師が主任の地位に甘んじているのは、ひとえに産科の現場にいたいから、と言うのが大方の意見である。


 この市立病院では病棟と外来の看護師は、割合きっちり業務が分かれていて、ヘルプで外来の補助に入ることもあるが、基本的には所属そのものが違っている。


 しかし、産科については、確保が難しい助産師の有効活用の為に、助産師のみ、外来と病棟を掛け持つシフトが組まれている。


 近い将来助産師外来の開設も視野に入れている為、という噂もあるが、外来受診者の九割りが市民病院で分娩し、しかも陣痛が始まってからの入院になると、本人は痛みと不安で落ち着かず、家族の付き添いがない場合もある。


一応必要な情報はカルテで申し送られているが、やはり、外来から入院・分娩までトータルで関われるメリットは大きかった。


 最近では、市役所と協力して出産後のメンタルケアにも継続的に関わっているという。


 ともかくも、外来で顔を合わせていた助産師達が病棟にいてくれることが、妊婦・産婦の女性達、とりわけ新米ママさん達には心強い、とハルも外来で当の妊婦さんたちに聞いた。



 市立病院であるので、市内に三箇所ある分院と市の保健センター以外には転勤がないため、佐原主任も例に漏れず、助産師としてのほとんどをこの産科病棟で過ごしてきた。



  

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