1-②

「もう、4年も経つんだね……。思ったよりあっという間だったよ」



 美晴ミハルさんがいなくなったら、どんなに時が進むのが遅くなってしまうんだろうって、不安でしょうがなかったのに。


 それくらい、美晴ミハルさんと過ごす時は、過ぎてしまうのがもったいないくらい、本当に、あっという間だったから。



「――きっと楽しいよ、子供の成長なんてあっという間だから、むしろもっとゆっくりって思うよ――って、言ってたもんね。その通りになっちゃったよ。美晴さんは、本当に、何でもお見通しなんだから」



 すべてを見通して、笑顔で旅立っていった。

 愛娘にして愛妹まないもうとのメイを、みんなに遺して。



 美晴ミハルさんが、自分の命と引き換えるようにして、この世に産み落とした、末っ子のメイ。


 瑛比古テルヒコさんにとっては、大切な、大切な忘れ形見。


 でも、子供達はどう受け止めるのか、正直心配で仕方なかった。


 特に年少のナミにとっては、母親の命と引換に産まれてきた妹を、疎んじても仕方がないと覚悟していた。


 けれど、産まれてきた妹を誰よりも可愛がったのはナミだった。



「お母さんの生まれ変わりだから」


 たびたび、ナミは口にした。


「お母さんは、たとえ赤ちゃんを産まなくても、もう生きられないから、ナミ達とお別れだから」



 だから。



「だから、神様にお願いして、すぐにナミ達の側に帰れるようにして欲しいって。そうしたら」


 たいてい、そこで少し笑った。


「そうしたら、お腹に赤ちゃんが出来たんだって。産まれてくる赤ちゃんの中に、お母さんが入る場所も作っておいたから、大きくなったら、半分くらいはお母さんみたいになるよって」


 このころには、いつも、その大きな目を伏せていて。


「でも、一回死ぬと、なかなか前のことは思い出せないから、大きくなるまで、みんなで守ってね、って」



 半分は当たっている。


 産まれてくる前から性別は女の子だと分かっていたから、成長するうちに美晴ミハルさんの面影を宿す可能性は高かった。



 美晴ミハルさんが余命僅かだと分かった時には、既にお腹に赤ちゃんがいた。


 中絶すれば、治療して、余命を幾らかでも伸ばすこともできた。



「治療をしなければ……この子が産まれてくるまでは生きられますか?」


 告知された時も、美晴ミハルさんは迷わず、延命よりも出産を選んだ。


「赤ちゃんのことを考えるなら、対症療法も限られたことしかできません」


 医師せんせいは、はっきり言った。


「胎児への影響を考えると、痛み止めとして使える薬も、かなり制限されてきます。大変な苦痛を伴うことが、予想されます」


 紋切り型の科白セリフだったが、言葉の端々に、労る思いが感じられた。


「痛みによるストレスや身体刺激が、流産や早産を招くこともあります」



 それでも。



 出産前に、命がつきるおそれもあることも理解して、美晴ミハルさんは、赤ちゃん優先での治療を希望した。


 主治医も美晴ミハルさんの希望を最優先し、産科と協力して、ケアにあたってくれた。


 だから、美晴ミハルさんの命は確かに僅かであったけれど、出産の為に、その僅かな命数めいすうを縮めたことも事実だった。


 けれど。



 自分の命を惜しんで、生まれることができるはずの命を見殺しにすることは、美晴さんにはできなかった。


 むしろ、このタイミングで自分に宿った新しい生命に、運命さえ感じた。


 そして、自分の代わりに、土岐田トキタ家の光となれる新しい命を産み落とすことに、全てを賭けたのだと思う。




 それは、美晴ミハルさんの自己満足だったのでは、という見方もできるかもしれない。



 新しい命をあきらめて治療に専念すれば、数か月、あるいは年単位で、寿命を延ばすことが可能だったかもしれない。



 子供達から母親の存在を奪うことと、まだ知らぬ新しい家族を奪うことと、どちらの方がつらいことなのか……その当時、瑛比古テルヒコさんは、何度も自分に問い続けた。



 そんな瑛比古テルヒコさんの迷いを断ち切るように、美晴ミハルさんは言い切った。



「今の私には、この子の未来を奪うか、私の未来を引き継いでもらうかしか、できないの……この子の未来を奪っても、私の未来は、数年しかないのだとしたら、私の未来をこの子にあげて、もっとずっと長い未来を手にしてもらう方が、いいわ、絶対」




 私の未来を奪う、のではなく。


 私の未来を、引き継ぐ。




「だから、私の分まで、この子を愛して頂戴、って」




「お母さんの生まれ変わりだから守って頂戴、って」




 ナミは、賢い。



 母を亡くした当時、まだ八歳だったが、母の話をまるっきり信じられるほど、幼くはなかった。


 けれど、信じた。




 信じて、妹を守ることが、母の願いだったから。




 それでも、癒しきれない悲しさから、何度か泣いた。




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