第3話 猫耳の聖女候補者

 聖堂から出ようとした時、頭に猫耳を生やした少女とぶつかった。


「いたぁ……」


 彼女は痛そうにしながら立ち上がり、顔を上げる。


 俺はアホみたいに口を開けた。

 彼女の姿が俺の理想そのものだったのだ。


 サラサラの銀髪に華奢な身体。

 瞳はエメラルドグリーンで、どこまでも澄んでいる。

 大きな目に比べて、他のパーツはどれも小さい。

 耳だけじゃなく、顔もどことなく猫っぽい。

 猫っぽいというか、猫に近い存在なんだろう。この世界の民族には獣人なる種族がいるらしい。おそらくその中でも猫系統の子のような気がする。

 

 それにしても見ればみれるほど可愛い。

 この世界にこんな子が存在していたとは……。


 転生前に某小説サイトで延々と転生ものの小説を読みまくっていたからってのもあるが、異世界転生したなら大した努力もなく可愛い女の子が周囲に集まってきて、モテモテになるものだと思っていた。


 しかし現実は性別女に生まれてしまったし、物心ついた頃からキチガイ扱い悪魔に取り憑かれたやばい奴扱いで、ほとんどの時間を自分の部屋に監禁されているような生活だった。

 だからこの出会いがことさら特別に思えてしまう。


「かわいい」

「え?」

「カワイイカワイイカワイイカワイイ」

「えーと?」


 困った様子で首を傾げる仕草も猫っぽくて、俺の顔はだらしなく緩む。

 そうしていると、後ろから走ってきた司教が少女に話しかけた。


「ニナ、どうしたんだい? 今の時間は子供たちのために夕飯を作っているはずじゃ?」

「司教様! 今日もお勤めご苦労様です。夕飯何を召し上がりたいか聞こうと思って、来たんです」


「どういう関係なんだ」


 女同士だから子持ちの夫婦ではないよな?

 いや、こう見えてどっちかが男という可能性もある。

 そもそもこの世界って同性同士結婚出来るんだっけ?

 混乱する俺をよそに、二人の会話は続く。


「気遣い悪いねー! 今日はそうだなぁ。淡水魚をアッサリ食べたい気分かもしれない」

「ちょうど今日、信徒さんに鯉を5匹いただいたんです。それを使ってみますね」

「楽しみ!」

「お任せください。あ、この綺麗な女の子はどうしたんですか? 急いで外に出ようとしていたような……」


 言われて3秒後に自分のことだと思いいたる。

 前世の記憶の所為で、いまいち自分がどんな存在なのか把握出来ていないのだ。

 反応が遅れた俺の代わりに、司教がエゴ強めな説明をする。


「この方はふらりとこの聖堂に立ち寄って下さった子羊さんだよ。そして、このエルコズモ派を救ってくれる存在かもしれない!」

「何の話だよ!?」

「アポプトーシスの持ち主がエルコズモ派の救世主になった伝説知りません? その伝説が実話なら、貴女もきっと––––––––」

「そんな伝説知らないし、わけわからん存在のもなりたくもない」

「もめている様子ですね。……あっ! 子羊さんの手から血が出てる!」

「本当だ。いつの間に」


 ニナが言う通り、俺の手の甲から真っ赤な血が流れていた。

 ぶつかった時に、彼女が持つカゴに手が触れたような気がするから、あの時にでも傷付いたのかもしれない。

 っていうか、”子羊さん”て俺のことか?


「私に傷を見せてくれる?」

「……? 分かった」


 ニナの言葉に従い、傷ついた方の手をのろのろと差し出す。

 すると、ヒンヤリと冷たい手が、まるで壊れ物を扱うように丁寧に俺の手に触れた。


「傷はそれほど深くはなさそう」


 急激に暖かな空気が俺の手を覆う。

 サウナの温度に近いだろうか? 熱いけれど、不快ではない。

 そしてよく見ると、傷口がゆっくりとふさがっていた。


 この感じ、ゲームで言うところの回復魔法に近いかもしれない。

 少し引っかかるのは、この世界の大半の人間は魔法ではなく精霊術を利用している点だ。

 今、この少女はどのようにして俺の傷を治癒してくれているのだろうか?


 俺の疑問を察したのか、司教がニナについて話しだす。


「ニナは我がエルコズモ派がようする聖女候補者です。今、貴女の傷を癒せているのは彼女に聖女としての天賦の才があるからなんですよ」

「へぇ、聖女って人を回復する役割があるんだな」

「人だけでなくあらゆる動植物を回復できます。これは先の話になりますが、来年この国がとり行う聖女選出の儀において、彼女が聖女に選ばれたなら、必ずやエルコズモ派の信徒が激増することでしょう!」


「私に聖女の資質があると発見してくださったのは司教様です。必ず聖女になって、この恩を返します」


 いろんな能力があるんだな、と考えているうちに、ニナの手が俺の手から離れる。


「私の今の力では完治とまではいかなかったよ。でも血は止まったから!」

「助かった!」

「では私はここで! 孤児院の子たちが心配するから早く帰らないと! 司教様、また後でお会いしましょう!」


「ああ、気をつけてね」

「はい!」


 ニナは猫耳を揺らしながら、聖堂を出て行った。

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