ハラスメント
牧太 十里
一 入社面接ハラスメント一
面接室の椅子に座っている小田亮の正面の長テーブルに三人の面接官が座っている。
右側の、映画のターミネーターがメガネをかけたような厳つい顔の面接官が書類を見て、顔を赤くして興奮した。
「小田亮君!君の大学は、どうなってるんだ!優秀な学生を各科から二人ずつ推薦してくれと連絡したのに、倍以上の人数が来てるじゃないか!」
「そう怒らないでください。我社の要望を無視したの大学の事務官です。
小田亮君に責任はありませんよ」
左側のメガネをかけた禿げ頭のお多福顔の面接官が、人なつっこい笑みを浮かべている。
「従来通りに進めてください。本題から逸脱は困ります」
真ん中にいる若い小太りのメガネの面接官が、七三の髪を右手で掻きあげた。
ターミネーターが『けなし役』、お多福が『ほめ役』、七三が『記録係』らしいと小田亮は感じた。ターミネーターは、いかにして俺を怒らせて、この場から追い出すかを考えている。お多福と七三は結果を予測しているが、掘り出し物の学生が現れるのを期待している・・・。
「君たちの中で、一番成績が良いのは誰かね?」
嫌みな薄笑いを浮かべ、ターミネーターが質問した。
そう来たか。大企業だと思いあがったその態度、叩き潰してやる!と思って小田亮は言う。
「おや、面接官は、事前に送った資料で、全てご存じと思いますが」
ターミネーターがアイアンマンのごとく赤くなった。
「君は私を侮辱するのか?」
「大企業の面接とはいえ、我々学生に対するそのような礼儀を欠いた態度は、とても『ロケットから〇〇素材まで』と謳い文句にしている企業の方の言葉とは思えません。礼儀があってしかるべきと思います」
「なんだと!」とターミネーター。
「私は事実を話しただけです。学生は他学生の成績表を見たことがありません。面接を受ける学生の書類がそちらにあるのに、私に成績を質問すること自体、無意味です。威圧的態度で私を怒らせ、面接を終わりにしたいんですか?」
何かあれば、ポケットに忍ばせたボイスレコーダを再生するつもりだと小田亮は思った。
「それは・・・」
ターミネーターが黙った。
「まあまあ、興奮しないでください。
小田君の尊敬する人に、父親の名があります。なぜですか?」
お多福が、小田亮の揚げ足を取ろうとしている。
小田亮は、自分が習いごとを始めた時、独自に同じ事をしていた父を話した。父は彫刻と絵画では趣味の域を超えていた。おかげで小田亮は芸術の素養に恵まれた。
「父親の作品は二科展でも入選したかね?」
ターミネーターが薄笑いで質問した。小田亮を怒らせようとしている。
「親が子に手本を示しただけです。面接官の方も、家庭でそうにしてるのではありませんか?」
小田亮は平然と対応した。
「企業人は多忙だ・・・」
ターミネーターが言い淀んだ。
「こちらの会社は、福利厚生や残業面の対応が優れていて、充実した家庭生活をおくれる企業だと謳ってますが、企業紹介のパンフレットは嘘なのですね?」
ターミネーターは顔を真っ赤にしたまま言葉が無い。
「まあ、いろいろありますからね」とお多福が助け船。
「面接に来た学生を、意図的に怒らせて不合格にする。パンフットの表記が嘘だ、と知れると、黙秘する。単なるパワハラですね」
俺の不合格は書類選考段階で決まってる。この面接は大学へ報告するための、不合格という、事実作りだ・・・小田亮はそう思った。
七三がおちついて言った。
「書類選考でほぼ採用人物は決まる。あとは辻褄合わせだ。
だが、そこまで我々の意図を読んだ君は、合格、と言いたいが、不合格だ」と七三。
「部長!」と慌てるお多福。
「君たちより、この小田亮君の方がうわてだよ。小田君!なぜ不合格かわかるかね?」
「このような面接をする企業は、社内でも同様にするでしょう。
私の大学はこちらでは、第二の学閥と聞いてます。パンフレットの記載事項は事実でないから、何が起こるか予測できます」
この企業内の水面下で学閥争いが生じている。それを七三は認めていると小田亮は感じた。
「採用と言わなかったら、君はポケットのレコーダーで何をする気だったのかね?」
小田亮の考えは読まれていた。
「採用しろとは言いません。大企業の立場を笠に着て、言いたい放題の人間を許せないだけです」
小田亮は今までターミネーターとお多福の感情を読み取れていたのに、今はそれらを読み取れなくなった。
「できれば君を採用したい。そして、社内改革して欲しい・・・。
実は、君の大学の大山事務官、彼、大学で私と同期でね」と七三。
「面接官も私と同じ大学ですか?」
「ああそうだ。君の能力は聞いてたよ。だからテストした。
君の読心能力はこの二人より上だ。二人は自身の心を読まれないようになるのに、この年齢までかかった。君なら二年以内にこの二人を超える。
企業内の不正を暴いて欲しいが、表沙汰にできない事があまりに多すぎる。
君の読心能力が全てを明らかしたら、我が社は困るんだよ」
小田亮は傲慢な大企業の面接官を叩き潰すつもりだった。面接官の考えを読んでいたと思ったが、本心を読んでいなかった。
その後、入社試験不合格の通知が来た。小田亮は、自分のような被害者を出したくないと思った。俺の場合、面接官が本音を話したから企業体質を理解できたが、何も知らずに入社して企業に馴染めぬ者、あるいはハラスメント被害を受ける者たちがたくさん存在するだろう。俺の能力を使い、そう言う人たちを救えたら・・・。
小田亮の心に妙な正義感が湧きあがった。
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