17 青髪の鬼
――ギルドとは、ギルドマスターが居ることで成立する組織だ。
もちろん、ギルド設立者がギルドマスターとなる。
ギルドの利点は様々で、ギルドメンバーとパーティーを組むことでマルチプレイがしやすくなることや、ギルドハウスに設置される共有アイテムボックスの使用など。
そんなギルドだが、その統括者たるギルドマスターは様々な権限を持つ。
メンバーを勧誘したり追放したりなどはもちろんだが、特記すべきはただひとつだ。
「ギルドマスターはな……ギルド専用のクエストを受注できるんだ」
得意げな顔でシュバルツは言う。
ここは町のカフェ。並木道にある小洒落た木組みの建物で、プレイヤー達の憩いの場である。
ツインスターズギルドの四人は、アルタイルがログインするまで暇潰しをしようと立ち寄っていた。
そんな中でシュバルツは思い出したように話し始めたのだが。
「ご注文は」
「あ、じゃあ私はカプチーノで」
「あたしココア~」
「えっ……と、私は……カフェモカをお願いします!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
中学生くらいの小さな店員さんがカウンターの奥に行くのを見届けると、「で」とサクラは頬杖をつく。
「ギルドがなによ」
「聞いちゃいねぇ! ノスタぁ、言ってやれよ。人の話をちゃんと聞けって」
「ぼ、ぼく!? ま、まあ……つまり、シュバルツくんはギルドクエストをやりたいんですか?」
「いやそういうわけじゃねぇんだが……」
「じゃあ何が言いたいのよ」
アルタイルがログインしてくるまでの暇潰しにカフェに来た四人。
シュバルツが「だから」と続けようとすると、ロリっ子店員がコーヒーを持ってきて話は遮られた。
「おお……! 凄い。まさかゲームでラテアートが再現されてるなんて……」
リリキルスが注文したカプチーノには可愛らしいうさぎのラテアートが描かれていた。
飲んでしまうのももったいないほど良い出来栄えだ。
「うわっホントだ~! リリちゃんのかわいい~! ねね、スクショ撮っていい?」
「いいけど、写真写り悪くない?」
「リリちゃんもかわいいからへーきへーき!」
「ゾンビコスでオシャレな雰囲気あるとこ居るのちょっと気まずいんだケド……すごい見られてる気がする」
「それはゾンビだから……というより、リリキルスさんだからだと思いますよ」
「ど、どういうこと?」
首を傾げるリリキルスに、ノスタは苦笑しながら検索ツールを使い、ひとつの掲示板を見せる。
「この前のPKギルドなんですが、かなり有名なところだったみたいで……害悪プレイヤーキラーが死体に殴られて成敗されたぞ!って盛り上がってるみたいなんです」
「もしかしなくても死体って私のこと!? ただ殴っただけでなぜそこまで……」
「例のPKギルド、
「あ~、あの時のリリちゃん凄い動きだったもんね。相手を地面で殴るやつ」
「あ、あれはただの体術スキルなんだけど」
よほど悪質で恨みを買っていたのだろう。
しかし動画を取られていたことはリリキルスにとって誤算だった。
イベント前に手の内を見せるわけにはいかない。
そんな心配をよそに、シュバルツがガタッと勢いよく席を立つ。
「それだよ! ネクター=ブラッド! こないだの奴らだったのか!」
「店内だから静かにしなさいよ……で、何かあったの?」
「なんでもつい最近ギルドマスターが変わって前より悪い印象はなくなったって話だが、そのギルマスがギルドクエストをソロ攻略したらしいんだ」
「それって凄いの?」
「スゲェもなにも、ギルドクエストってことはマルチプレイ推奨だ。ソロでやるには敵の数もレベルも桁違いで超高難易度だぜ?」
「え、それをプレイヤーキル専門のギルドマスターがクリアしたの!? モンスター相手でも強いのね……」
確かに、とリリキルスはカップの中のコーヒーを見つめる。
PKを主体にしているプレイヤーはそれなりに多いが、基本的に対プレイヤー用のスキル構成となる。
対モンスターには弱くなるはずだが、腐ってもギルドマスターということなのだろう。
「ギルマスの名前なんだっけな……」
「ちょ、肝心なとこ忘れるなんて……さすがバカね」
「う、うっせーな……ノスタ分かるか?」
「えぇっと、最近ギルドマスターが変わったから……あ、あった。このプレイヤーですね」
ギルドを検索し、ネクター=ブラッドの現ギルドマスターの写真を表示させる。
透き通るような青い髪をした鬼人の女性。
プレイヤー名は《
ネモフィラとも呼ばれる瑠璃唐草という花の名前だった。
「先輩だ……」
「え? 先輩? なんだよサクラ、知り合いか?」
「知り合いというかあたしが一方的に知ってるというか……うちの高校の先輩よ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雨が降りしきるのは、鬱蒼とした森。
草原エリアをズレた森林地帯の奥地だ。
高レベルのモンスターが出現する危険地帯で、息を切らした男は何故か黒いボロ布を脱ぎ捨て、さらに中に着ていた鎧も取り外す。
忍者風の男の装備はかなりレアなものだったが、躊躇うことなくその場で捨てていた。
「ダメだッ、もっと軽くならなければッ……装備なんて意味がない……あの鬼の攻撃の前では、どんな防御手段も無意味なんだッ!」
男は先刻、
「なぜ貴様らはルーキーに負けたのか」……と。
知るはずがない。
漁夫の利を狙って、少人数の初心者ギルドを襲撃した。
男は名の知れたPKギルド、ネクター=ブラッドに所属している。
仲間はプレイヤーと戦うことに慣れた連中ばかりで、血の気は多いが腕は確かだった。
人数も上、レベルも上、装備もこちらの方がランクが上だ。
しかし、いつも通り影に隠れて隙を窺っていた忍びの男は空から降ってきた槍や曲刀に刺され、何年ぶりかのゲームオーバーを目撃したのだ。
敗因なんて、分からない。
仲間達は口を揃えて、新しいギルドマスターにそう告げた。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……! す、スタミナが、もう……!」
元々、ネクター=ブラッドのギルドマスターはアクティブプレイヤーではなかった。
ほぼそのアバターで活動しないプレイヤーは、ある日突然ギルドマスターを放棄した。
そこそこ大規模なギルドなだけあり、メンバー達はギルドマスター争奪戦を始めたのだが……その他全てを蹴散らし頂点に君臨したのが、新入りの鬼娘。
ネクター=ブラッド・現ギルドマスター、ルリカラである。
「鬼ごっこは終わりか、
折れた木の枝を踏み付け、青髪の鬼が背後に立つ。
象徴的な額から伸びる二本の鬼の角。
睨み殺すような鋭い眼光。
ギルドの新入りとは言うが、その風格や立ち振る舞いは鬼に相応しいものだった。
「ッ……なぜそこまでルーキーに負けたことを罰するんだ! 悔しいのは分かるが!」
「悔しくなどないさ、負けたのは貴様達だからな。だから聞いている。貴様らが負けた理由はなんだ? なぜ名前も知らないギルドに負けた。原因を追求しなければ、また同じ結果を引き起こすだけだとなぜ分からない」
雨音の中で響くその声は、稲妻が轟いているように思えた。
「だ、だから……何が起きたのかさっぱり……武器が降ってきて、俺はもうそこで死んだ!」
「では、貴様なら武器を降らせるにはどうすればいいと考える」
「え……? それは……投げるとか? いや、でもあいつらはたったの五人だし、武器を構えた様子もなかった……あれは一人で……そう、そうだ! あの荷物持ち! あいつのバックパックから剣が出てきた……! ということは……」
太刀が首から離れると、ムメイは心の底から安堵した。
「敗因を理解したか」
「あ……あぁ……恐らく装備品の付属スキル……そうでなくても、なんらかのスキルなのは間違いない。一人で大量の剣を扱うなんて芸当はスキルでないと出来ない」
「だろうな。で、対策は浮かぶか?」
「そうだな……あれは強力なスキルだ。クールタイムは長いはずだし、出会い頭に使えばいいものをあいつは使わず動かなかった。つまり、チャージタイムがある。奇襲……先手必勝が勝ち筋かもしれないな……」
ムメイがそれを言うと、ルリカラは太刀を納めて身を翻す。
いつの間にか雨は上がり、月明かりが森を照らしていた。
「いいだろう、合格だ。忘れるなよ、これはゲームだ。負けた理由は必ずある。そこが分かれば攻略できる。理解することを放棄するなよ」
「そ、それを言うために追ってきたのか?」
「無論だ。まぁ、答えを出せない者はもれなく追放処分だが」
「ハハッ……新入りのくせにギルマスになれただけあるよ、あんた……」
「私はただのガチ勢だ」
「……いいな。決めたよ。俺はあんたに付いて行く」
「ならさっさと捨てた装備を拾いにいけ。今日からお前は副ギルドマスターだ」
「ひ、人使いが荒いなぁ」
月の下、鬼の少女の後を追う忍者は、生まれて初めて燃えていた。
数の暴力で勝ってきた虚しいプレイヤーキルは、もう終わったのだ。
不敗のゲーマーはしかばねのようだ ゆーしゃエホーマキ @kuromaki_yusaku
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