16 リアルはゲームより奇なり。
その日、ゆりねは前向きだった。
前日の夜のことだ。
サクラが見せた一矢が忘れられなくて、あんなふうにかっこよくなれたらと願い、今、再び制服に着替えている。
「昨日のみんな、凄かった……。私もあれくらいやらないと、きっとイベントで足でまといになる……変わらなきゃ。リリキルスだけじゃない、中身の私が変わらなきゃ何も変わらない」
ツインスターズギルドは皆一様に得意分野がある。
中でもズバ抜けた才能を発揮したのが弓使いのエルフ、
聞けば命中率などに関係した器用パラメーター、所謂DEX値には全くポイントを振っていないという。
つまり超高速跳躍で撹乱する賢狼に、プレイヤースキルのみで見事に矢を命中させたのだ。
だからこそ、ゆりねはリリキルスだけでなく、自分自身を変えてみようと立ち上がった。
ゲームの上手さはパラメーターの高さで決まらない。
結局、コントローラーを握っているのは現実の自分なのだから。
「確かこの辺に予備のヘッドホンが……あ、あった! これを付けていけば、ある程度音は遮断される!」
そのヘッドホンにはノイズキャンセリング機能がある。
音に敏感なゆりねが外を出歩くにはもってこいのアイテムだ。
それでも若干の不安を抱くが、勇気を振り絞って外への一歩を踏み出した。
――光がゆりねを包み込む。
微小ながら音は聞こえるが、拒絶反応は起こらない。
「これなら……よしっ。力を貸して、リリ……!」
あとは学校まで歩けば――そう思ったのも束の間。
普段のゆりねであればすぐに気付けただろう。
しかし、今はヘッドホンを付け、ノイズが遮断されていた。
左方向から直進爆走してくる金髪の男子高校生に、ゆりねは気付かない。
「どわっ!? 子供!?」
「――へ?」
すぐに勢いを殺したヤンキー少年だったが、避けきれずにゆりねとぶつかる。
ヘッドホンが、宙を舞った。
――――刹那、音が突き刺す。
外界の音――車の走行音に、少年の荒い息遣い。
ひとつひとつの音がゆりねの脳を殴りつけるようだった。
「お、おい……大丈夫か? た、立てるか……?」
強面の少年は心配そうに声をかけ、ゴツゴツした手を差し伸べる。
しかし、その顔に似合わない優しい声すら、今は頭を掻き乱す要因の一つだ。
「はぁッ――はぁッ――……はあっ…………!」
体が震えて言うことを聞かない。
(ヘッドホン、どこ…………なんでこんなことになるんだ……運が悪いにも、ほどが……ある……っ)
己の不運を恨む。
だが、ゆりねはそれが、『完全な不運』ではないことを知らない。
「――――あっ! 黒上!」
ポニーテールがよく似合う女子高生が走ってくる。
ゆりねが落としたヘッドホンを拾うと、優しく声をかけながら付けた。
少女の名は
少年の名は
「あなたの名前も聞いていいかな……?」
「私は……
その出会いは必然であった。
ちっぽけな不運を上書いた奇跡とも言える。
志倉ゆりねがデイドリーム・オブ・ファンタジオにログインした時、バグにより座標が狂った。
そして、奇しくも近所に住む二人が同時刻に隠しダンジョン付近のエリアを探索していたことで、座標データの混線を招いていたのだ。
ゆりねは一澄に手を引かれながら学校へ走る。
双士が転ばぬように背中に手を添えながら走ってくれる。
二人に支えられながら、ゆりねは久しぶりの教室に辿り着くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――1年C組の教室、窓際。ロッカーの前。
即ち、一番後ろの角の席に、ゆりねは座る。
なんとか朝のホームルームに間に合った。
「あ、あたしの隣だったの!? いや、確かにずっと空席だなーとは思ってたけど……!」
「その……大きな音が苦手で……それで外に出るのが嫌だったというか……」
「それでヘッドホンかぁ……あ、じゃああんまり騒がないようにするわね。あのバカにも言っとくから安心して」
「バカ……って、黒上さんのことですか?」
「そーそー。あいつはクラス違うんだけど友達居ないから昼休みになればあたしに泣きついてくるわよ!」
そう言って、けらけらと楽しげに笑う一澄。
まだ教師が来ていない教室は騒然としている。
だが、ヘッドホンのおかげか、それとも一澄の声に集中しているからなのか、ゆりねはあまり苦に思わなかった。
「仲、良いんですね」
「ん、まぁ……幼馴染だし? バカだけど、趣味が合うのよ。最近はデイドリーム・オブ・ファンタジオってフルダイブゲームしててね」
「えっ……それ――――」
私も、と言おうと口を開いた瞬間、チャイムが鳴って授業が始まってしまう。
(まあ……昼休みにでも聞けばいっか……)
――ゆりねは久しぶりの授業で頭がパンクしそうになりながらも、隣の一澄に助けてもらいながらなんとか昼休みまで耐えきった。
へとへとになって机に突っ伏すゆりねは、お腹を鳴らす。
「お腹空いたわね~。ゆりちゃんはお昼どうするの? あたし購買に行くけど」
「あ、わ、私も……」
ナチュラルにあだ名で呼ばれたことに少し戸惑うゆりね。
そんな彼女に、一澄はニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ競走ね」
その言葉の意味を、ゆりねは購買エリアに来てから理解した。
購買パン。それはお腹を空かせた学生達が、スーパーのセール時に我先にと商品を掴み獲る主婦のようなフィジカルを見せる現実世界のマジックアイテム。
「志倉、これはゲームと同じだ。勝つか負けるか……食うか食われるかだ」
「黒上さん……食われるのは違うんじゃ」
「だがこれはゲームであっても遊びじゃねぇ……限られた者だけが食欲を満たすことを許される、即ち弱肉強食の世界!」
「買うだけだよね?」
「そうよ、だからあたし達は獅子になる。気高き肉食の王となり、この戦争に勝つの!」
「パンはどちらかと言うと草食の部類だと思うよ」
「志倉……あれを見ろ。多分、購買戦争を生き延びた生徒達だ。面構えがちげぇぜ……」
「もうツッコまないからね」
なんてツッコミをついつい挟んでしまったゆりねは、競走に出遅れた。
一澄が言った通り、生徒はまるで獣のように歯を剥き出しにして
「桜木! 俺が道を切り開く! 隙を狙え!」
「了解! ご所望の品を聞いておこうかしら?」
「カツサンド一択だろ!」
「ゆりちゃんは?」
「え!? あ、えっとじゃあメロンパンで!」
ゆりねがそう言った瞬間、双士が生徒達を押し退けていく。
一澄は双士の背中に張り付くように付いて行き、僅かな隙間を狙ってメロンパンに手を伸ばす。
が、弾かれた。上級生、柔道部員の手が先だった。
「今度こそ……っ!」
互いに譲らぬ戦い。凄まじい熱量だ。
双士と一澄の連携プレイは息がピッタリで、最初こそ失敗したものの次々と目当てのパンを
「はい、まいどあり」
無事パンを購入した三人は教室に戻ると、戦利品を並べる。
「カツサンドに焼きそばパン、メロンパンにドーナツ、おおっ、ホットドッグまであるじゃねぇか! でかしたぞ桜木!」
「ホットドッグはあたしのよ!」
「あ、あの、すみません、私のまで……」
「あぁ、いいのよ。これくらい朝飯前――って、お昼ご飯なんだけどね。それにあんなとこにゆりちゃんが突っ込んでいったら揉みくちゃにされちゃうわ」
「そうだぜ。お前ちっちぇーんだから気を付けねぇと。ほら、焼きそばパンも食え」
「あ、ありがとう……だけど、小さいは余計だ!」
「悪い悪い。でもその調子だ。だいぶ俺にも慣れてきてくれたみたいだな」
嬉しそうに笑う双士はカツサンドを頬張る。
最初ぶつかった時、怖がらせてしまったと思っていたのだろう。
ゆりねが打ち解けられるように話していたのだ。
「俺達はあの戦いを生き延びた。言わば戦友……これからは気軽に接してくれよ。俺、カタっ苦しいのは嫌いなんだ」
「あんたは顔だけだからね~」
「ちゃんと怖いのは顔だけって言ってくれよ! 中身のない男みたいじゃねぇか!」
「頭は空っぽのバカじゃない?」
「確かに…………ってなるかぁ! バカにしやがってよぉ……今回は俺の作戦でパンを手に入れたんだぜ?」
「あら、あたしが居なかったらカツサンドはここに無かったのよ。今からでも返してもらおうかしら」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら双士を挑発する一澄だが。
「へぇー? 間接キスでよければ別にいいが?」
「ちょっ、わざわざそんなこと言わないでよ……食べにくいじゃない……」
思わぬ魔球を返されてそっぽを向いた。
「フフッ……ありがとう、二人とも」
ようやく笑ってくれたゆりねに、二人は顔を綻ばせる。
「……ねねっ、ゆりちゃん普段はどんな音楽聴いてるの?」
「あ、それ俺も聞きたかったんだ。そのヘッドホンけっこー良いやつだろ? 素人目でも分かるぜ」
「いつもはフリーBGMをプレイリストにまとめて聴いてる。これがなかなか集中できるからオススメだよ」
スマホを取り出し、プレイリストを開いて二人に見せる。
「へぇ~! それはいいこと聞いたかも」
「いいなぁ、そのプレイリストシェアしてくれよ」
「あ、ズルいあたしも!」
「わ、分かった分かった。だからそんなに押さないで、メロンパンつぶれるから!」
こうしてゆりねは二人と連絡先を交換し合い、ヘッドホンからピコンと通知音が鳴る。
液晶に表示される一澄と双士の名前に、思わずニヤけそうになる口元をスマホで隠した。
(初めてのリアルフレンドだ……なんでだろ、初めて会ったのに凄く安心するというか……いや、前にどこかで?)
ヘッドホン越しに聞こえる二人の声は、ゆりねの心にするりと滑り込んでいった。
それもそのはず。一澄はサクラであり、その幼馴染の双士はシュバルツなのだから。
――しかし、ゆりねがそれに気付くのはもう少し先の話である。
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