10 腐った肉をボックスに放置した結果がこれだよ
全剣を扱うギルドマスター、アルタイルが率いるツインスターズギルド。少数精鋭派のそこに所属したリリキルスは、三人の後ろについてギルドハウスへ向かっていた。
……なのだが、大分
石造りの建物が多く、中央広場はレンガ調の建物があって彩りのある始まりの街だが、この場所だけ灰色だ。
「……ねぇ、疑うわけじゃないんだけどさ、ホントにこっちであってる?」
リリキルスはジトっと三人を睨みつける。
歩きながら、両手を上げて頭の後ろで組んだシュバルツが乾いた笑いで答えた。
「残念ながら合ってるぜ」
連れてこられたのは石を積み上げた壁に薄い木の扉が特徴の、それくらいしか特徴のないボロ小屋だった。
ドアノブすらない扉はちょっと小突けば大破してしまうだろう。
アルタイルが扉に手を触れると、ロックが解除された。
(どこをどうやって施錠してるんだろ……いや、ここゲームだった。気にしないでおこう)
それよりも、と……リリキルスは入り口をくぐって部屋を一瞥する。
冷たい石の床は地下墳墓ダンジョンとさほど変わらない。
家具は大きな木のテーブル、丸太の椅子、謎の木箱。
木箱はギルド共有アイテムボックスだ。
リリキルスは期待して中を開けてみる。
……もう見たくもない腐った肉が詰まっていた。
「またゾンビ肉かっ!!!」
「あ、すまん。ゾンビ狩りまくってポーチがパンパンだったからさ、とりあえずギルドボックスに送ってたんだ」
「ちょ、通りで部屋入った途端臭いと思ったわ! そのボックス誰が掃除すると思ってるのよ!」
「ごめんて……」
しょんぼりするシュバルツは放っておき、リリキルスはゾンビ肉から目を逸らす。
「……お?」
逸らした先に、横に倒れている人影があった。
そういえば、とリリキルスはギルド加入直前にシュバルツが言っていたことを思い出す。
「四人しかいない」――つまり、リリキルスは五人目なのだ。
もう一人、ダンジョン攻略に参加しなかったプレイヤーが居るということ……なのだが。
「ねぇ、この子……死んでない?」
「「「えっ?」」」
アルタイル達はその人影を見てギョッとする。
「ぅぅ……ぐぅ…………くさ……い……っ」
何せ、ベージュ色の髪をした犬耳美少女が白目を剥いてぶっ倒れていたのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シュバルツにゾンビ肉を急いで片付かせ、部屋の換気をする。
死臭が薄れていくと、犬娘の表情が和らいでいった。
「うぅ、すみません……ログインしたら強烈な臭いでフリーズしてしまいましたぁ」
耳をぺたんと倒し、おどおどしながらも床にピシッと正座する。
プレイヤー《
「ソニア・ノスタってもしかして、もしかしなくても『望郷色』のヒロイン、ソニア・ノスタルジアだよね!?」
「あっ、は、はい! そうで……うえ!? ゾンビ!? モンスター!? だ、だだっ誰!?」
迫り来るゾンビにソニア・ノスタは体をビクつかせる。
望郷色とは、デジタルゲームのタイトルだ。
内容は、突如世界各地に出現した巨塔から溢れ出す魔物を倒し、塔を攻略して故郷を取り戻す――というアクションゲーム。
故郷を失ったキャラクターが理不尽に屈することなく立ち上がる様は多くのプレイヤーに勇気を与え、「望郷色は人生である」とやや誇張してレビューする者も居るくらい愛されたゲームだ。
リリキルスも最新作を四周はするほどハマっていた。
望郷色のヒロイン、ソニアはただのケモ耳美少女ではなく、作中で最も過酷な境遇にありながらも主人公を応援してくれる聖母のようなキャラクター。
そんなキャラに扮した彼女に、アルタイルは落ち着かせるように背中に手を添えた。
「ノスタ、彼女は今日からわたし達のギルドに加入したリリキルスさんです」
「ふへ……な、なるほど、新しいギルメンですか……その、拉致してきたわけじゃないんですよね?」
「失礼な。ちゃんと合意の上です!」
合意は合意だが半ば騙された気もする。
オンボロのギルドハウスを改めて眺め、リリキルスはそう思った。
「ソニアじゃなくてノスタの方で呼んでるんだ」
「そ、その……こんな名前して今更なんですが、プレイヤー名とキャラクター名がごっちゃになって分からないので、みんなにはノスタと呼んでもらってます。……それに私は、まだソニアのようにはなれませんから……」
勇気を与え、主人公の背中を強く押してくれるソニアとはかけ離れて、臆病で、むしろ背中を押してやらないといけないようなノスタはゆっくりと立ち上がる。
「よく分かるよ、自分を変えたいと思う気持ち……ノスタとは仲良くできそう。これからよろしくね」
「は、はい。お願いします! ……リリキルスさん……それで、望郷色はどのシリーズをプレイされてるのですか……?」
おずおずと尋ねてくるノスタに、リリキルスは待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「初代から追ってる。推しはもちろんソニア。プロローグでソニアのお父さんが身を呈して自分の娘と主人公を守ったシーンは泣けたね」
「……っ!! わ、私も、ですっ! い、いいですよねぇ……! そのあとの、宿敵であるロストとの戦いはソニアの覚悟が見えてつい応援してしまいました……!」
「あのシーンは胸が熱くなったなぁ……ふふっ、どうやら私達は同志みたいだね」
「は、はいっ!」
リリキルスとノスタは熱い握手を交わした。
手にこもった熱を介して、互いの気持ちを伝え合う。
「早々に仲良くなりやがって。俺なんて怖がられてなかなか口聞いてもらえなかったんだぜ?」
「あんたはその顔だし仕方ないわよ」
「え、えっと、シュバルツさんのことも大分平気になってきましたから……!」
肩を落としたシュバルツに、ノスタは慌てて慰める。
まさしく、ヤンキーを慰める子犬だ。
「いやぁ、これから賑やかになりますね~」
呑気にギルドメンバーのやり取りを眺めるアルタイルは満足気に笑う。
こうして、ツインスターズギルド、総勢五名の顔合わせが済んだのだった。
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