09 ツインスターズギルド

 ――始まりの街。プレイヤーがまずはじめにやって来るその街には名前がなく、いつからかそう呼ばれ始めた。

 始まりが死体だらけのダンジョンだったリリキルスにとっては全く馴染みのない名だ。


 そんなリリキルスだが、遂に、ようやくボスモンスターを倒したことで例のダンジョンから脱出した。

 ……が、死んだような虚ろな目で日の下をとぼとぼと歩いている。


「ゾンビも同然だったからゾンビ娘にキャラメイクしたけど……なんだよ種族アンデッドって……名実ともにゾンビになっちゃったよ。どう戦うんだよ……」


 肩を落とすリリキルスの背中を、大剣使いのシュバルツと弓使いのサクラはまじまじと眺めていた。


「暗くてよく分かんなかったけど、やっぱりスゴいよね。あのキャラクリ」

「あぁ、マジでゾンビだ。クオリティーたけぇよ。まぁ俺のアバターほどじゃないが」

「種族アンデッドなんてあるんだね。でもバリバリ日の光に当たってるけど大丈夫っぽい……」


 ゲーム内のクラスを思い出そうとするサクラに、後ろを着いてきていたアルタイルがぴょんと二人の間に入ってくる。

 またローブで身を隠し、大きなバックパックを背負っていた。


「DoFには特定条件をクリアすることで手に入るエクストラスキルというものが存在します。リリさんの種族変化もそのせいでしょうね」

「えくすとらぁ? なにそれ強いの?」

「強いかもしれません。その分プレイヤーの技術が求められるので、合わずに挫折する人も多いでしょう。ちなみに、わたしもエクストラスキルを持っています!」


 それを聞いて、リリキルスはアップグルント・フェレライへのラストアタックを決めたアルタイルを思い出す。


「もしかして、剣をいっぱい使ってたのってそれ?」

「はい! その名も【全剣の覇者オールブレイダー】! 刃を持つ全ての武器種の熟練度を限界まで上げたらいつの間にやら開放されていました。特定の武器を装備することは出来ませんが、逆にひとつに縛られない自由な戦術が出来ます。まぁこうして持ち歩かなければならないのは難点ですね」


 つまりアルタイルのバックパックはそれ丸ごと鞘のようなものなのだ。

 対してリリキルスのエクストラスキル、【肆屍しかばね】は――。


「私のは腰までずっぷりいっちゃったせいで動きにくいわ、パッシブスキルが勝手に一枠固定されるわで散々なんですけど?」

「それは……ドンマイです!」

「くっ! なぁぁにがレアドロだぁ! こんな剣抜いて……ぬいっ……ぬっ、抜けないんだよなぁぁ!!?」


 胸の谷間で挟み込んでいる刃は呪いのせいで抜けず、体を思うように曲げられない。柄が邪魔なうえに、前屈みになろうとすると後ろを歩いていたシュバルツとサクラが悲鳴を上げた。

 剣先が腰を斬り裂いたのだ。このゲームは幸いR-18Gではないので斬られた断面は明るい赤色のエフェクトなだけだが、痛々しいことに変わりはない。


「やめてくれよぉ! 俺ホラゲーとか苦手なんだから!」

「ゾンビを薙ぎ倒しておいて今更?!」

「それは攻撃すれば倒せるからだ! ホラゲーは基本対抗手段がない。逃げる一方! だから怖い!」

「せっかくゾンビになったんだから少しくらい怖がりなよ」

「せっかくってなんだよ。やだよ」


 シュバルツはサクラの後ろに隠れる。


「やっぱ怖いんじゃん! へいへい」

「ケツ向けんな! 剣刺さる!」

「こーら。女の子に向かってケツとか言わない。リリちゃんもお尻向けない!」

「「は、はい」」


 そんな三人のやり取りに、アルタイルは肩を上下に震わせた。


「ふふっ、いやぁ、やっぱりリリさんをパーティーメンバーにして良かったです。良ければこれからもご一緒して欲しいくらい……いえ、むしろギルドに入ってくれと頼みたいですね」

「どういう基準で決めてるのかは知らないけど、それ本気? 私、多分使い物にならないよ?」


 やり直すにはデータを消す必要がある。

 それはリリキルスにとって今の自分を消去する――死ぬということになるだろう。

 一度決めたことは貫き通す。

 ちょっとバグったからと諦めたら、仮想世界でも逃げてしまったら。現実に戻った時、志倉ゆりねは自身の逃げ癖を克服できなくなってしまうからだ。


「いいえ。こんな面白そうな人はそう居ません」

「面白そうて……」

「大事なことですよ。ゲームなんですから、楽しまなくちゃです!」


 それもそうか、とリリキルスは納得する。


「まぁ、断る理由もないし? 別にいいけど?」

「では決定ですね!」


 嬉々としてアルタイルはパネルを表示させると、なにやら操作し始める。

 五秒を待たずしてリリキルスの前に現れたのは、ギルド勧誘ページだった。


……」

「はい! 我ら双星の冒険者……世界ゲームを遊び倒す者達の集いです!」

「まぁ四人しか居ないんだけどな」

「しょ、少数精鋭なんですよ! スバくんはバカなんですから余計なことを言わない!」

「そりゃないぜリーダー!」


 しょぼくれるシュバルツの肩に、サクラは慰めるように手を添える。

 が、その顔は今にも笑って息を吹き出しそうだった。


「ま、こんなバカも居るけどよろしくね! リリちゃん!」

「正直あの時、お前が居て助かった……だから、まぁ……よろしくな!」


 否定する者は居なかった。


(いまの私の居場所は、ここなんだな……)


 リリキルスは顔をほころばせ、そっとOKボタンを押すのだった。


「こ、これから、よろしく! ……お願いしますっ!」


 緊張に上擦った声でそう言うと、リリキルスは三人へ頭を下げる。

 その折り曲げた腰は剣に斬られてエフェクトが散り、歓迎の声は悲鳴へと変わるのだった。

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