04 なりきりプレイって楽しいですよね

 ――戦闘開始から、リリキルスがブチギレてから三十分が過ぎようとしていた。


「コイツ、全然HPが減らねぇっ!」

「あのHPで回復されるのは厄介ね。でもMPだって無限じゃないわ。このまま攻撃し続ければ限界が来る!」


 攻撃手段が殴る蹴るしかないせいで、リリキルスはほぼ守りに入っていた。

 だが、サクラが言ったように【ヒール】も限界が近い。

 パッシブ【魔術聖杯】でMPの自然回復量が増えてはいるが、この二人の猛攻に追いつけないのだ。


「なら、このままアレをするぞ!」


 何か、来る。

 リリキルスは身構え、あらゆる攻撃を予測する。

 どんな攻撃であっても一発は耐える自信はあるが、例のブツだのアレだのが気になっていた。

 対してシュバルツらはまだリリキルスがプレイヤーだと気付くことなく、ボスモンスターと勘違いしたまま秘策を発動した。


「行くぜ――【ファイア・カノン】ッ!」

「中距離攻撃……っ!?」


 騎士が中・遠距離攻撃をしないとは限らない。

 不思議なことでもないが、リリキルスが驚いたのはシュバルツが中距離攻撃を持っていたからではない。

 この狭いダンジョンで、砲撃したことに驚いたのだ。


 DoFはどんな変態が作ったのか、リアルに忠実な部分が多く存在する。

 そのひとつが、あらゆるオブジェクトの破壊演出。

 街は攻撃禁止のため破壊できないが、それ以外のフィールドのどこでも、ダンジョンのどこでも、アイテムもなんでもかんでもぶっ壊すことが出来る。

 プレイヤーの破壊衝動を満たせるのも魅力のひとつなのだが、シュバルツが撃ってしまった【ファイア・カノン】によりリリキルスは吹き飛ぶだけでは収まらない。

 光線じみた砲撃はダンジョンの通路を破壊し、リリキルスを壁に押し当て破壊。

 狭かった通路は拓けて、一本道が出来上がった。


「うぐっ……めちゃくちゃやってくれるなぁ……!」

「今だ! サクラ!」

「――さあ、喰らいなさいッ!」


 矢が放たれる。

 それは何の変哲もないただの矢に見えるが、リリキルスはが空になった小瓶を持っているのに気付く。


「――――せい、すい……」


 聖水が塗られた矢であることに気付いた時には、額に矢尻が突き刺さっていた。


「しゃあっ! アンデッド相手には聖水がいちば……んぁ? あれ、HP全然残ってる……」

「え、嘘。ゾンビでしょ? 聖水が効かないなんて有り得ないわ。しかもこの聖水高いやつよ? 一万ゴールドよ?」

「ダンジョンボスには効かないのか? いやそんなわけ……」


 答えは簡単、リリキルスはダンジョンボスではないからだ。


「あっ……たりまえでしょうが! よく見ろ! 私はプレイヤーだよ!」

「「え……?」」


 二人はリリキルスを凝視する。

 そして、互いの顔を見合せ、同時に指を鳴らして「あぁ!」と納得した。


 ――じゃない! 気付けよっっ!」

「いや、あはは……悪いな」

「ほんっとうにごめんね! まさかあたし達より先に挑戦者が居たなんて……」

「……なんか拍子抜け。お二人さん、もっと卑劣なモブしてなかった?」


 思いのほかマトモな反応にリリキルスは訝しげな視線を向ける。


「バトルセンスもいい。ちゃんと連携取れてたし……さっきの、派手なスキルで本命を誤魔化したのも良かった。君の策略? さすがリーダーだね」

「いや、俺じゃねぇよ。俺あんま頭良くねぇし」

「あぁ、じゃあそっちの弓使いさんか」

「いいえ? あたしも違うわ」

「はい……?」


 リリキルスは首を傾げる。

 パーティーに作戦立案者が居ないのか、と。


「フフッ……あっははは!!!」


 突然、奥から愉快な笑い声が響いた。

 声の主は背中に大きすぎるバックパックを背負い、ローブで身を隠した


「いやぁ、引っかかってくれてありがとうございます。おかげで実力を隠す強者感を楽しめました。スバくん、サクラちゃんもありがとうございます!」

「……スバ、くん?」

「ちょ、リーダー! 初対面の奴の前でその呼び方やめろよ! しかもそれ言うならスバじゃなくてシュバだろ!?」

「まぁまぁ細かいことはいいじゃないですかぁ~」


 へらへらと笑いながら掴みかかってくるシュバルツを回避し、荷物持ちの少女はリリキルスに手を差し出して握手を求める。


「良いバトルでした。わたしはアルタイル。このパーティーのリーダーをしています」


 フードを脱ぎ、綺麗な銀髪を晒した少女――《AltaiRアルタイル》の手を取ったリリキルスは、数秒の硬直を経て理解する。


「……は、はぁぁぁぁ!? そっ、え、そっちが!? いや、確かに只者じゃないとは思ってたけど、そういうプレイ!?」

「やはり潜伏スキルで見ていたんですね。そういうプレイ……と言われるとなんだかちょっと恥ずかしいですが」

「あはは……まぁ勘違いするのも無理ないよ。あたし達、リーダーのなりきりプレイに付き合ってるの」

「えぇ! 真の実力を隠して弱者を演じる強者……ふふ、一度やってみたかったんです」

「なり……きり……?」


 奇しくも、ゾンビ娘になりきっているリリキルスと同じだった。


「じゃあ、そっちの名前がイタい人は……」

「イタくねぇよ! 俺の名はシュバルツ・リッター! 言っとくがモブじゃねぇし……普段はあんなこと言わないからな!」


 黒ずくめなうえに悪人面のシュバルツは、今のなりきりプレイが気に入っていないのか言い訳をしてきた。


(《†漆黒の騎士†》でシュバルツ・リッターか……やっぱイタい)


 なんてことを思っていると、今度はサクラが握手を求めてくる。


「名前がイタいのは同感ね。あたし、織神桜おりがみさくら。サクラでいいよ! ご覧の通り和風コーデでキメてまーす! いいでしょ~」


 サクラは桜柄の和装に身を包み、長いポニーテールを揺らして自慢してくる。

 プレイヤー《織神桜》――日本人としては馴染み深い花の名で、シュバルツと違って親しみやすい名前だ。


「いまイタいって言ったな!?」

「気のせいよ~」

「なんだ気のせいか……」


 聞き捨てならないことをサクラに言及したが、すぐに納得してしまう。

 シュバルツはあまり頭が良くないようだ。


「わ、私はリリキルス。ちょっといろんな事情があってダンジョンから出られなくなっちゃって……良ければ同行させてもらえないかな?」

「いいですよ」

「そんな即答で!?」

「いや、こちらも騙されましたからね。せっかく高い聖水を用意したのに、無意味に消費してしまったのでこのままボスに挑むのはちょっとな~と思ってたんです。でも、あなたなら回復役も盾役も務まる。どちらも今のパーティーには無い役割なので、願ってもないことです!」


 その時、リリキルスはアルタイルの目の輝きに悪寒が走る。

 コイツ、私を肉壁にするつもりだ――と。


「た、タンク役はちょっと……」

「それに、あなたもなりきりプレイがお好きなようですし……お仲間ですね! これからよろしくお願いします!」

「え、あ、そうだね?」

「はい! お願いします!」


 アルタイルは逃がさないようリリキルスの両手をがっしりとホールドした。

 しかし、リリキルスから誘ったことなので問題ない。


「あーあ、捕まっちまった。よろしくなゾンビちゃん」

「こうなったらそう簡単には離れられないよ~。覚悟しておいてね」

「二人とも、人聞きの悪いことを言わないでください!」

「私は選択を間違えたのだろうか……」


 こうしてリリキルスはパーティーに加わった。

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