03 プレイヤーエンカウントと勘違い

 地下ダンジョン生活五日目――。

 リリキルスは、立ち尽くしていた。


「いくら上に上がっても出口が見つからない……」


 もういくつ階段を上がったか、ゲーム内なのでそれほど疲れは溜まらないが、同じような景色を見続けるのはゲーマーのリリキルスであってもさすがに飽きてきた。

 かなり深いダンジョンに転移してしまったらしい。

 バグといい運が悪いにも程がある。


「しかも出てくるモンスターはアンデッドばかりでレベルはほっとんど上がらないし、というか上に行くに連れてアンデッドじゃない奴も出てくるし……そろそろ【ヒール】だけじゃキツくなってきたなぁ」


 地上が近いからなのだろう。コウモリやワーム、ゴブリンといったお馴染みのモンスターが現れ始めていた。

 リリキルスには通常攻撃拳で語る以外に攻撃手段がない。

 HP極振りの影響で与えられるダメージは一桁、二桁行けばいいところ。

 これまで手に入れたアクティブスキルは初期回復スキルの【ヒール】と、ゾンビ肉が嫌すぎてゾンビから隠れていたら獲得した【ハイド】だ。

 パッシブスキルは【暗視】と【隠密行動】で、いずれもダンジョンに長時間潜ったことで獲得した。


「おっと、また敵……? 【ハイド】」


 おかげで無駄な戦闘を避けられるようになったが、出来ればレベルを上げたいところ。

 なんてことを思いながら敵が過ぎ去っていくのを待っていると……。


「コホン……おーい、とろとろ歩いてんじゃねぇよ。せっかく見つけた隠しダンジョン、先に誰かが攻略しちまったらお前のせいだぞ? 


 若い男の声がダンジョン内に響いた。

 どうやらプレイヤーらしい。

 ようやく出会えた人ではあるが、リリキルスは息を潜め続ける。


(DoFはプレイヤーキルが推奨されてる……パーティーメンバーじゃないプレイヤーに近付くのは危険だ。というかここ隠しダンジョンなのか……通りで入り組んでるわけだ。まぁ、こんなの隠されてもって感じだけど)


 ゾンビの数が多いとはいえ、回復スキルでワンパン出来る程度のダンジョンにリリキルスはそこまで期待していなかった。

 宝箱のほとんどがゾンビ肉だった恨みがまだ残っているようだ。


「ちょっとシュバルツ~……あんまりいじめちゃ可哀想よー? ……チラッ」

「サクラ……あのなぁ、こっちは金払って雇ってんだ。ちゃんと仕事してもらわねーとよぉ……? ……チラッ」


 なぜか二人は荷物持ちの様子を伺うように視線を動かす。

 荷物持ちが頷くと、二人はなぜか安堵したように息を吐いた。

 リリキルスは影からプレイヤー達の頭上を注視してプレイヤーネームを確認する。

 ダンジョン攻略にやって来たこのパーティーは三人組み。


 ――一人は大剣を背負った中二臭い鎧のプレイヤー、シュバルツ。黒い鎧のせいで悪人面がよく映える男だ。


 ――もう一人は弓使いのエルフ。和風コーデのプレイヤー、サクラ。ポニーテールにしているからエルフ耳がよく見える。


 ――そして、三人目……荷物持ちと呼ばれたローブ姿の少女に、リリキルスは目を丸くした。

 その荷物の量がおかしいのだ。自身の何倍もあるバックパックを背負っている。


(あれだけの荷物を運べるとなると、筋力パラメーターがとんでもないことになってるはず……あの子、本当は強いな?)


 筋力は物理攻撃力に直結するパラメーター、STRストレングス値だ。

 とんだ大物に荷物を持たせているシュバルツというプレイヤーに、リリキルスは失笑する。


「あ? 今なんか聞こえなかったか?」

「モンスターも呆れて笑ってるのかもね」

「んだと!?」


 かなりの地獄耳らしい。

 タンク役が居ないあのパーティー構成からして、先頭を歩くシュバルツが警戒していたのだろう。

 聴覚強化のパッシブスキルでも持っていたのか、とにかく【ハイド】の効果がもう切れてしまう。

 リリキルスは諦めて、なるべく穏便に……あわよくば一緒に攻略出来ないか交渉するために三人の前に立った。


「いやごめんごめん、笑うつもりはなかったんだけどさ」

「ちっ、ようやくお出ましか! サクラは援護! 荷物持ちは……下がっとけ!」

「へ?」


 隠れるのをやめて三人の前に出てきたリリキルスは、突然剣を向けられる。


「さすが死者の巣窟、かなり奥深くまで来たみたいだな。ゾンビ型のアンデッドだ。気を緩めるなよ!」

「誰に言ってるのよ! さっさとエンチャントしなさいって!」

「わーってるよ! 【エンチャント・ホーリーセイバー】!」


 シュバルツの大剣が光に包まれ、ダンジョン内が明るく照らされた。

 バカではないようで、ちゃんとアンデッド対策をしてきたらしい。

 あれは聖なる剣。アンデッド特攻と光属性のダブルエンチャントスキルだ。


「ち、違う違う! 私はモンスターじゃないって!」

「気ぃつけろ。DoFのモンスターは高い知能を持ったAIが搭載されてる奴も居るみてぇだからな!」

「喋る女の子に攻撃するのは心が痛むわね……でも、エクストラスキルのためよ。悪く思わないでねゾンビちゃん! 【ブレイズ・アロー】!」

「ちょちょちょぉぉぉぉ!!?」


 燃え盛る魔法の矢が三本、リリキルス目掛けて放たれた。

 いつもなら避けてしまうところだが、近付きすぎて一本避けきれず右肩に受ける。

 燃えているせいか一度ダメージを受けてもじわりじわりとHPが減少していく。いくら大量のHPがあっても、これでは時間の問題だ。


「喰らえぇぇーーっ!」

「くっ……」


 矢に気を取られた隙を狙われ、振り下ろされた大剣の刃が空を切り始めたのを視認した瞬間にはリリキルスの右腕が斬り飛ばされていた。


(つ、強い……! まさかこの人達……!)


 もう一度、プレイヤーの顔を凝視する。

 すると頭上に名前とHPゲージ、そしてレベルが表示された。


「レベル30……格上じゃん……っ」


 リリキルスはレベル24で、純粋にステータスで劣っていた。

 ――だが。


「な、なによこのHP……それにリリキルスって、まさかネームドボス?! 流暢に喋れるみたいだし、可能性としては充分ね……」

「レベルは低いからHPが多いだけのハッタリだろ! このまま攻める!」

「待って、ここは隠しダンジョンよ! レベルを偽装している可能性だってある!」

「そんなッ……いや、それも一理あるな。仕方ない……あれをやるか。例のブツ、用意しといてくれよ!」


 シュバルツはそう言うやいなや駆け出す。

 また擬似聖剣を振りかざすつもりだ。


「じゃあ作戦通り、まずは追い込むわよ!」


 そこへサクラの援護射撃と来れば、なかなか厄介な相手になる。

 リリキルスは、少しでも攻撃を受ければプレイヤーだと気付いてくれると思っていた。

 が、しかし、その高いHPがアダとなった。

 そしてキャラメイクでゾンビ娘になってしまったせいで、完全に勘違いされている。


「うっ、それにしても酷い臭いね……」

「あぁ……こりゃさっさと片付けるに限るな……」


 近接戦闘を仕掛けるシュバルツは思いっきり顔をしかめていた。

 何日もゾンビと戦い、ゾンビ肉を食べ続けた末路がこれだ。

 本当に、何もかも上手くいかない。


「私は、臭くなぁぁぁぁいッ!!!」


 リリキルスはブチギレた。


「やっべ怒り状態だ! 攻撃頻度が上がるぞ、気を付けろ!」

「あぁお望み通り上げてやるよこの野郎!!!」

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