02 ゾンビ肉を入手しました!

 ――地下墳墓ダンジョン生活三日目。

 なぜ二日も飛んだのかと言えば、昨日リリキルスはひたすらゾンビやスケルトンを狩っていたからだ。

 迫り来るアンデッドモンスターと戦い続け、リリキルスは精神的に疲弊していた。


「ゾンビジャーキーも飽きてきたな……でもお腹空くしなぁ」


 ここ最近のリリキルスは、モンスターとはいえ人の形をしたものを倒してその肉を食っている。

 フルダイブという現実にかなり近い五感があるせいで初めは顔をしかめていたが、感覚が麻痺してしまったのかリリキルスは割とすぐ受け入れてしまった。

 どうせアバターだからと言えど、腹を括りすぎである。


「しかしこのダンジョン広い……一向に出られる気がしないね」


 と、つい先程ぶちのめしたゾンビを椅子にして話しかける。

 このモンスターのAIは知能が皆無に等しいので受け答えすら出来ないのだが、ソロプレイを続けていたせいで独り言が増えたようだ。話してないと気が済まない。


「【ヒール】っと。お、レベルアップ。ようやく20レベかぁ! アンデッドは経験値低いなぁ。でも――」


 おもむろにステータスを開く。

『デイドリーム・オブ・ファンタジオ』の初期HPは100だ。

 HP含め、攻撃力や防御力などのパラメーターはレベルが上がる毎に増えていくが、実はもうひとつ上げる方法がある。

 それがモンスター討伐時に好きなパラメーターにポイントを振れる、というこのゲーム特有のシステムだ。


 地下墳墓ダンジョンの主な敵は動く死体ことゾンビや、骸骨兵のスケルトン、彷徨える魂のウィル・オ・ウィスプなどだが、これらのアンデッド系モンスターは経験値は低いがボーナスポイントは通常通り。

 二日間死体狩りを続けたリリキルスのHPはおよそ2000が本来の数値だが、そこに討伐数1644体分のポイントが加算されることで既存レベルのHPを大幅に超えていた。


「くふふ……倒せば倒すほどHPが増えてく……! 命が目に見えるっていうのは今はちょっと怖いけど、こうして増えれば問題ないよね。装備次第ではもっと上がるし、スキルも集めないと……」


 リリキルスは死にたくない一心でレベル上げをし、上昇させるパラメーターも今のところ攻撃力が必要ないのでHPに極振りしている。

 もっとも、防御力が無ければHPの減りは当然ながら激しいのだが、リリキルスがそれに気付くのはもう少し先の話だ。


「さぁて、モンスターはあらかた片付いたし、開封の儀といきますかね!」


 リリキルスはウッキウキでスキップしながらとある部屋に入る。

 開封の儀――即ち、ダンジョンの宝箱を開けること。


 期待に胸を踊らせながら若干の重みを感じる蓋を開け、中から光を放つ宝箱から出てきたアイテムは……!


「ゾンビ肉じゃんッッ!」


 べシーンと豪快に床へ叩き付けた。

 食べ物を粗末にしてはいけない。


「こんなのばっか食べてたら私もゾンビになっちゃうよ……がぶっ」


 などと言いながらもお腹が空いては動くのもつらいので食べる。


「ゲーム内なのにお腹が空くのは難儀だなぁ。もう飽きてきたし」


 リリキルスは大分味覚と嗅覚が麻痺していた。


「――パッシブスキル【死喰剥九しくはっく】を獲得しました」

「およ……? 言ったそばからパッシブゲットですか。運がいいな! まぁバグった時点で超不幸だけどね! ガハハ!」


 リリキルスは大分頭がおかしくなっていた。


 パッシブスキルとは、潜在能力である。

 発動の際に音声認識させる必要があるアクティブスキルとは違い、パッシブスキルとは常時発動するものを言う。


 ――ちなみに、DoFにおいてアクティブ/パッシブスキルは、どれだけ習得しても戦闘時には使

 これはゲームバランスを保つためであり、組み合わせを変えることでロールプレイをしやすくするためでもある。

 戦闘中にスキルパレットを変更する方法もあるが、やはり時間がかかるので事前準備が大切だ。


 現在、リリキルスは初期回復スキル【ヒール】の他にアクティブスキルは無い。

 パッシブスキルは昨日、ダンジョンの中ボスらしきアンデッド《キングリッチー》を討伐した際に獲得した【魔術聖杯】と、たった今獲得した【死喰剥九】だ。


「【魔術聖杯】はMPの最大値と回復量の上昇……で、【死喰剥九】は……アンデッド系モンスターのアイテムドロップ数が九つまで増える――って、そんなに私にゾンビ肉を食わせたいのか!? どんな嫌がらせだ! あーもう、次だ次!」


 ふたつめ、宝箱オープン。

 ゾンビ肉を入手。アンデッド系アイテムのため【死喰剥九】の効果で肉が九枚に増加。


 みっつめ、宝箱オープン。

 骨と目玉を入手。アンデッド系アイテムのため以下略。


 よっつめ、棺桶オープン。

 ゾンビ肉。以下略。


 いつつめ……むっつめ……ななつめ……やっつめ……ゾンビ肉でアイテムポーチが詰め詰め。

 レアアイテムは腐った心臓やスカルヘッド。だがどれも換金アイテムであり、ダンジョンから出ることが出来ない今は宝の持ち腐れ。文字通り、腐ってる。


「もうこの宝箱が最後か……」


 最後のひとつ、開けなくても「どうせゾンビ肉だろ」と思えてくる。

 というか、ここまで来たらこれもバグなのではと疑ってしまう。

 リリキルスはもうあまり期待せずに宝箱を開ける。


「よいっ……しょっと。ん? 肉じゃない……骨でもない……! やったぁ! けんだぁ!」


 ようやく目新しいアイテムをゲットして声がうわずり、幼女じみた声で喜ぶリリキルス。

 ちなみに「けん」とは、剣ではない。券だ。正確にはキャラクターリメイク券。


「よかったぁ、勝手にキャラクリされたから不満だったんだよね~。まぁこの体も結構可愛いけど……どうせなら私好みにアレンジしちゃおう!」


 ……三時間後。こうして出来上がったのが、正式にこの世界で生きるための体。

 プレイヤーの分身体であり、志倉ゆりねに取って代わるキャラクター。とでも言うのだろうか。

 正真正銘、リリキルスというキャラクターがようやく完成されたのだ。


 それは身長153cmの少女。

 その白い肌、幼げな顔は至るところがツギハギされているのが特徴的だ。

 さらりと指をすり抜けていくような艶やかな髪は白百合を彷彿とさせる白に、淡いピンクが帯びた可愛らしい色合い。

 赤いドレスでもビキニアーマーでもなんでも似合いそうな美少女が爆誕した。今は初期装備であるボロボロのワンピースだが、ツギハギ顔でそれすらも似合ってしまう。

 一言で言い表すならば、純白のゾンビ娘だろう。


「ふふん……我ながらいいキャラメイクしたなぁ! このダンジョンの雰囲気に合わせてゾンビっぽくしたけど、気に入っちゃった。こうなったらステータスも回復特化のゾンビ型にしちゃおっかなぁ」


 ゲームの鉄則、キャラ育成は方向性を明確にして育てていくと成功しやすい。これはリリキルスなりのルールだ。

 なにより、ゾンビ娘に扮したプレイヤーのステータスが回復特化ビルドでほぼ死なないなんて、最高のロールプレイじゃないか。


「ノーコンティニュー……GAME OVERしガメオベラないプレイヤー……不敗のリリキルスとしてランキングに名を残す! ふふっ、うん、いい感じに面白くなってきたね! やっぱりゲームは面白くなきゃ! 目指せ不敗!」


 そのゾンビ娘の見た目では不敗と言うより、腐敗だ。


「でもこれだけ可愛く出来ちゃったらオシャレしたいな……うぐぅ、ダンジョンから出たいぃぃ……ッ! 確かに私は引きこもりだけど既にゲーム内に引きこもってるようなもんだし、あとここ臭いしぃ!」


 そう、この地下墳墓から脱出しなければ、街で可愛い洋服を買ったりも出来ない。

 そしてなによりも、もうゾンビ肉を食べるのは飽きていた。

 アイテムポーチに99のゾンビ肉を抱え、腐敗のリリキルスはゾンビらしく呻くのだった。

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