不敗のゲーマーはしかばねのようだ

ゆーしゃエホーマキ

プロローグ 始まりは死臭と共に

01 残念ですがバグりました

 ――少女は、負けることが嫌いだった。

 高校に進学して早々に引きこもりと化した志倉ゆりねは、貯め込んでいたお小遣いで中古のフルダイブ機器と一本のゲームソフトを購入した。


「――ゲームソフト、よし。ハード設定、よし」


 志倉ゆりねはバイザー型の機器をそっと装着し、何ヶ月も髪を切っていない長髪を下敷きにしてベッドに寝そべる。


(今やフルダイブは第二の現実だ。第一の現実こんなとこより、ずっと私に似合ってる)


 言い聞かせるように、ハードを起動し意識を落とす。

 真っ暗な空間がゆりねを出迎えた。


(現実逃避と言ってくる人もいるけど、そんなのどうでもいい。逃げるが勝ちという言葉があるんだ。私はまだ、負けてない……)


 言い聞かせる。


「って、ロード長くない? ちょっと、まさか不良品じゃないよね?」


 なんてことを言えば、待ってましたと言わんばかりにエラーの通知が表示された。


「くっ! これだから中古の旧型は! うぅん、また外に行くのはヤダな……なおれー、なおってくれー! 私は早くゲームがしたいんだー!」


 漆黒の床をバンバンと叩いて祈っていると、突然ホワイトノイズが走る。

 耳を、脳をつんざくその音は暗黒空間を真っ白に染め上げると、ピタリと止まった。

 祈りが届いてロードが成功し、ゲームが起動したようだ。


「……うぉ? え、あれネーム設定は!?」


 直った……かと思えば、プレイヤーネームの設定が一瞬表示されて、文字化けしたものが勝手に入力されるとパッと消えた。

 武器選択、初期スキルの選択、いろいろ大事なことがすっ飛ばされていく。


「ちょちょちょタンマタンマ! 確かに早くゲームがしたいって言ったけどさぁ!」


 再び、ノイズが走る。


「――プれイ ヤー、《LiLikiLLssリリキルス》さン!

 よよヨようコそ?『デイドリーム・オブ・ファンタジオ』へ!!!」

「バグりながらようこそするなよ! キャラクリさせろぉぉぉぉ!!!」


 こうして、閃光に包まれた志倉ゆりねは無事に?フルダイブしたのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 初めに、涼しいという感覚があった。

 志倉ゆりねはくしゃみをして、冷たい石の床から体を起こす。

 五感が完全再現されたフルダイブゲームならではの感覚だ。


「DoFだ……ログインした……めっちゃバグってたけど」


 デイドリーム・オブ・ファンタジオ。通称DoFは、異世界アドベンチャージャンルのVRMMORPGだ。

 志倉ゆりねがどうしても遊びたかったフルダイブゲームである。


 ウィンドウが開かれ、ステータスが表示される。

 一瞬文字化けした文字列が見えたが、すぐに修正されて《LiLikiLLssリリキルス》というプレイヤーネームが表示された。

 バグの影響が残り、エルだけ大文字だったりで落ち着きがないプレイヤーネームだ。


「……嫌な予感がする」


 操作ヒントが視界に映り、促されるままメニュー画面に手を触れていく。

 ステータスを開くと一瞬文字化けが映って冷や汗が出そうになったが、修正されてごく普通のレベル1が表示された。

 ……が、武器がなかった。


「初期武器ないじゃん……素手かよ! しかもここどこ? 街は? 絶対ここヤバいダンジョンじゃないか」


 バグのせいで初回ログイン地点がズレたのか、どうやらどこかのダンジョンに転移してしまったらしい。

 じめじめと湿気った部屋。石が積まれた壁からは隙間風がヒュオオウとこだまし、唯一の光源である備え付けの松明の火を揺らす。

 死臭が酷い。地下墳墓ダンジョンだ。


「アァ……ヴァアア……」


 アンデッドモンスターの唸り声が響く。


「中古の不良品でフルダイブしたらバグってスタートダッシュ失敗って……いろいろ調べてきたのに計画全部オジャンじゃん……うわぁ、モンスターもジャンジャン湧いてきた」


 だが、リセマラするのはゆりねのプレイスタイルに反する行為だった。


 ひとまず視界に入ってきたモンスターをどう対処するか必死になって考える。

 入り口を塞ぐようにして部屋に入ってきた敵モンスターはアンデッドのゾンビ。


「アァ……ヴゥ……」

「ッ、フルダイブ失敗した程度で、負けてたまるかぁぁっ!」

「ヴァァァァッ!!!!」


 もっさりとした動きのゾンビが突然叫び、ゾンビとは思えぬ素早い動きで向かってきた。

 予期せぬ事態にゆりねは足がもつれ、ゾンビに腕を噛まれてHPを削られる。


「っ、嫌だ。私はゲームがしたいだけ! ゲームオーバーなんかするもんか!」


 理不尽を前にして、少女はふつふつと怒りに声を震わせる。


「そうだ、私は変わったんだ! 私は志倉ゆりねじゃない! リリキルスだ! 武器無しの縛りプレイくらい……上等じゃないかっ!」


 噛まれた右腕を持ち上げる。

 蒼白した肌のゾンビを蹴り飛ばすと、噛み付いた頭が残って体だけ吹っ飛んでいった。

 だが、頭がなくとも体は動き、よたよたと再び歩いてくる。


「ヴゥア……?」

「アンデッド相手に物理攻撃は意味ないもんね。クソみたいなバグだけど、今はこのスキルが選ばれて本当に良かった!」


 ゾンビの頭を引っぺがし、向かってくる体へ投げつける。

 死者に通じるのは生の力。

 即ち、初回スキルの選択肢にあった物理攻撃スキルと魔法攻撃スキルではなく、HPを回復させるスキル。


「――【ヒール】ッ!」


 両手を交差し、手のひらをゾンビに向けると眩い光が部屋を包み込む。


「ヴグァァァァーーッ!!?」


 ゾンビは呻き声を上げながら体が崩壊していく。

 これがアンデッドモンスターの弱点。回復スキルでダメージが与えられるのだ。


「ひとまず、危機は去った……うぇ、くさっ。これがドロップアイテムなの?」


 ゾンビからドロップしたゾンビ肉をつまみ上げて顔をしかめる。


「ヴゥ……」

「まだ居るの!? って、そりゃダンジョンだもんね……当たり前か。でも……一度倒したモンスターに負けるほど劣っちゃいないから!」


 今ここに居るのは志倉ゆりねではない。

 リリキルスという新しい彼女だ。


(なりきれ、戦えっ! ゆりねを殺してリリになれ!)


 ――現実逃避は得意だろ。と、そう言い聞かせる。


「さあ、ゾンビ共。どっちが生き残るか……ゲームといこうか!」


 バグでフルダイブ失敗しても、やり直すことは許さない。

 一度決めたキャラクターで仮想世界を生きるのが志倉ゆりねのプレイスタイル。

 現実を忘れるための、なりきりプレイだ。


 手始めに、リリキルスは迫り来るゾンビ達を回復スキルで返り討ちにする。

 クソみたいな現実を殴り飛ばすように、ゾンビを殴って怯ませ、【ヒール】でトドメを刺す。


 ――数百にも及ぶゾンビ集団を狩り尽くす頃には、リリキルスはゾンビ肉を松明で炙って食えるくらい頭のネジが飛んでいた。

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