第18話―好奇心からの接近―

泥に落ちたような不愉快な感情が木霊こだまする。

泥濘でいねいのように重い瞼をあける。

何度か瞬き。

それから見知らぬ部屋に居ることに驚愕。

キョロキョロと視線を巡らし、ここが病院であると白と清潔感のある特有な空間から悟る。


「もう痛みはない、か……ハハッ。

大分県内のどこ病院かまでは知らないけど退院は

いつからなのか」


ここへ運び込まれた記憶は全くない。

いや、いつから戻ったのかも知らない。

あのときは滝川一忠に乗り移っていた。

したことは飛び降りて大きな怪我をするという自傷行動。


「文章を書いて打っておいたスマホが誰かの目に通してくれればいいけど……」


他人の人身をどこまでか掌握するか、させられるかの賭けに出た〖人心掌握〗。

発現するようになってから短い期間で、恣意的な

目的での使用。

なんとか人身を掌握したが一歩を間違えばこちらが

支配に打ち破られるかもしれない。

――翌日。淡々とした地元の病院ホスピタル生活の始まりだ。


「こうして卑下したけど案外ここの生活は悪くはないんだよな」


でも実務的に看病してくれる看護師さんがあくまで嫌な顔を我慢して仕事している知りながらも。

暖かい言葉は心をほぐされる。

明日は雨が降っていた。


「無性に女性を触れたいと思っている。

俺は……俺はこんな男じゃない。俺は誰なんだァ」


犯罪行為をしていた滝川一忠を憑依した代償。

退院できるのは数週間。

そして陽がまた昇り俺は読者やゲームして時間を費やする。


「時間がたくさんあると退屈で辟易するもんだな」


忙しい日々に追われているわけではないがこれだけ時間があると困る。

帰宅部ではない。

塾や自己研鑽して勤しむことはしていない。

帰っても家ですることは年齢制限の高いものばかり時間を使っていた。

登校まで出来ないまま入院生活の余りある時間。


「ははっ、もう苦しい現実から逃げたいよ。

どうして同級生を助けたのに……追い討ちをかけるように見舞いする人もいないんだ」


これは、なかなか参るものがある。

両親は存命ではあるが安いアパートに押し入れられて別の家で暮らす。

家族構造としては絶縁に近い。

なので母や父が来るはずがない。

とはいえ学校のクラスメイトか先生の誰も来ないのは心を滅多打ちされたような苦しみがある。


「でもこれが俺のしてきた報い」


――日付が変わり。

夕焼けに活動を落ち着かせようと燃えるように照らされる街並みを窓越しから眺めていたら見知らぬ人が入ってきた。

別の患者を見舞いに来たのだろう。


「やあ!会いたかったよ。

噂は、かねがね伺っているよ。どうも私を覚えているかな?」


「……」


誰だろう?


「あの頃はナンパを撃退して惚れさせる楽観的な夢を持つ人かなって見ていたんだよ。

だから過度な褒めた。

でも私の見方はハズレた。

見直したよ。勇敢に立ち向かえるなんてね」


「…………」


「おや声が聞こえないのかな?

五穀舞も感謝していたよ」


「何ッ!?五穀舞が感情していたのか!?」


「うおぉッ!おどろいた……そこで振り返るか」


視線を黄昏ていく街並みから少女に振り返る。

思いがけずに身を乗り出した俺を身を引いて明るい口調で驚いていた。

その子の身丈から中学生。

なぜか暁光高校の制服をしているのはコスプレ……どこかで見たことある。

でも目を覆うような女の子なんて見覚えがない。


「あれれ?思い出せませんか。

ほら髪を少し変えれば、……こうすればどうかい」


「お、お前はあのとき囲まれてナンパされた……」


以前に三人組からナンパされていた女の子だ。


「そうそう。あの三人がナンパの件ですよ。

遅まきながら私の名前は佐伯蒼璃さいきあおり


「はぁー……」


よそよそしく首を縦に振って応える。


「私の苗字は、ややこしいけど大分県では右の下にある佐伯市から。

『さはく』と書いて『さいき』と呼ぶ」


「そ、そうなのですか」


会うことは無いだろうから細かい情報を言わなくとも心中で突っ込む。


「あれれ?反応がずいぶんと薄いというか、なんだか他人行儀だよね」


「他人だからこの距離感が普通だと思うんだけど。

どうして俺なんか声を掛けるんだ?わざわざ

病院まで来てさぁ」


「見舞いに来たんだよ」


あれ。俺の聞き間違いではなかろうか。


「み、見舞いって……誰を」


「キミ。キミだよ一年四組イカルガ・ヘイジくん」


誰も俺を心配してくれないと諦めていた。

あの五穀舞でも見舞いに来ないのだから俺は愛されないと軽く絶望していた。

その何気ない言葉に心を打たれるものがあった。

俺は堤防が決壊したように涙腺が熱くなるのを堪えきれなくなる。


「まさか俺を見舞いに訪れる人がいるなんて」


「ええぇーーっ!?そこでどうして泣くの!」


おどけるような態度から一転して思いもしない反応に瞠目して戸惑いを隠せない少女。


「いや、なんでもない。それで要件は?」


「……誰も見舞いにこないと心そんなに弱るものなのかな」


「それで要件はなんでございましょうか?」


「急に敬語を増してきたね。

それほど理由は無いさあ。もし強いて述べるとするなら、ただの好奇心で来たのさぁ」


「好奇心でね。俺なんか観察しても知的欲求とか

ないと思いますが」


「キミは不機嫌になると敬語を使うのか?」


いや、それは俺かまだ五穀舞を襲っていた魂がまだ

精神に蝕んでいるからだ。

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