第4話 魔法の片鱗


「ん? 熱っ!」


 掌に感じたその優しい温もりは、急激に高熱へと変わる。


「嘘だろ、夢なのにこんなにはっきりと」


 俺は熱を感じた手を咄嗟に少女の頭から離した。

 自分の手を見ると、火傷までとはいかないまでも少しだけ赤くなっていた。


「こんなものではないぞ!」


 すると、一気に彼女の身体が勢いのある炎に包まれる。まるで火柱が彼女を守るように取り囲んでいるようだ。


「な、何これ! 火事⁉︎」


「そんなチンケなものではないわ! これは妾の魔法じゃ」


「ま、魔法? それって、異世界系の物語とかでよく出てくるやつか?」


 どうやら、普通に話していることから彼女自身に害はないようだが、ここら一帯の気温が上昇し、肌がジリジリと焼けそうだ。


 なんだこれ、夢の中のはずなのに本当に熱いぞ。


「ふっ、少しは顔色が変わったようじゃのう」


 見たことのない現象に、足が竦む。


 つい先ほどまで、可愛いだけの少女に見えていた子供に少しばかりの恐れを感じた。


「そうじゃその顔じゃ。そんな表情を見るのも久しいのう」


 もしかして、この子が言っている事は全部本当なのか。

 それじゃあ、この子が魔王というのも……。


「ようやく理解しおったか。お主のような奴は初めてじゃ。前の世界にいた人間族は妾の姿を見るなり恐れるのが普通じゃったからな」


「前の世界? それに魔法って」


「ほう、この世界に魔法はないはずじゃが、お主は知っておるようじゃな」


「い、一応ですけど」


 子供の頃からゲームなどのファンタジーモチーフの作品を遊んでいた経験から、それくらいの知識ならある。

 まさかこんな場面で役に立つとは思わなかったけれど。


「それよりその炎、自分は熱くないんですか?」


「これは妾の発動した魔法じゃ。使用者にダメージなどあるわけがなかろう」


 常識だろと言いたげな顔だけど、そんな仕様だなんて俺にわかるはずもない。俺が唯一分かる事は、夢の中ならなんでもありということかな。


「人間よ。先程から一つ勘違いをしておるぞ」


「えっ、勘違い?」


「いいじゃろう簡単に説明してやろう」


 ていうか、また心を読まれた。これも魔王を名乗るこの子が持つ魔法の一種なのだろうか。


「確かにここは、お主の夢の中じゃが少し違う。妾は実際にこの世に存在し、今はお主の意識に介入して話をしておるのじゃ」


 少女は炎を指パッチンで消し去り、説明を始める。


「それは一体、どういうことですか?」


「魔法は知っておるのに鈍ちんじゃのう」


 やれやれと呆れ顔で言われた。いちいちムカつくなこの人。


「なんじゃと?」


「いえ、気にせず続きをお願いします」


 危ない、危うく消し炭になるところだった。

 さっきの炎を見せられてから、下手な事は口にできないと悟った。


「妾は今実態を持たぬ故に、こうして誰かと話すには相手の意識に入り込んで接触するしか方法がないのじゃ」


 うん、よくわからないけど。なんかすごいのだけはわかったぞ。


「まぁ、今までお主以外に介入できた人間はおらぬがな」


「どうしてですか?」


「妾とのがなかったからじゃろうな」


「適正? それに魔王って。この世界に魔王なんて存在していたんですか。だとしたら、どうしてその魔王が俺に?」


「まてまて待つのじゃ。順を追って説明してやるからちと座れ」


 そう言って少女が手をかざしたところから、椅子が出現する。


 これも魔法なのか。それとも夢だからなのか?


 さすがに夢の中でこんなにも意識がはっきりしている事と、さっきの魔法で、この状況がただの夢でないと理解するのは十分だった。

 

「それで、どうして魔王が俺の夢の中に?」


 ……で、腰をかけたのはいいものの、未だ現状に至った理由を知らされていない俺は、目の前でふんぞり返る金髪少女(魔王)へと尋ねる。


「様を付けぬか様を。それと、妾と話す時は敬語じゃ。妾と謁見する者すべてがそうなのじゃ」


 要求多いなこの子は。

 見た目は子供のくせに。むしろ、そちらの方が年長者への敬いというものをだな……。


「口答えするでない。燃やすぞ?」


 またもやボウッ、と音を立て炎が現れる。


「ま、魔王様はどうして俺の夢の中に出てきてくれたのでしょうか!」


 生意気な女の子改め、魔王様の掌に宿された炎を見てすぐに言葉を訂正する。


「うむ、良い心がけじゃ」


 夢の中とはいえ、熱く感じたのも事実。

 リアルすぎたが故に、現実にも何か影響が出るのではないかと心配になるほどだった。


「それともう一つ!」


「何でしょうか?」


 まだ何かあるというのか。


「妾の方がお主よりも歳をとっておる。人間でいう推定年齢でいえば、妾は九百六十二歳といったところじゃろうな」


「それはだいぶ……お婆ちゃんですね」


「ちと、聞こえんかったのう。今一度、申してみよ」


「ししっ、失礼致しました!」


「ふむ、聞かなかった事にしてやろう」


 駄目だ。完全に心を読まれている。もう失礼なことを考えるのやめよう。

 けど、その前に気になる事が一つだけ。


「あの、一つよろしいでしょうか」


「許そう、なんじゃ?」


「魔王様は、本当に魔王なんですよね?」


「どういう意味じゃ? まだ妾が嘘をついているとでも言いたいのか」


「いえっ! 違うんです。深い意味はなくて」


「なら、なんだというのじゃ。申してみよ」


「魔王様が女性というのが意外なんです。俺の個人的な考えだと、魔王って大体男性のイメージなのですが」


 俺が知るファンタジー作品の魔王は全員が男だった。あとは、よく知る戦国武将がそう呼ばれていたくらいで。


 女性の魔王も存在するのかもしれないが、俺としては意外だった。

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