第2話 夢の中の金髪少女


 入学式の前日、俺は嫌な夢を見た。

 子供の頃に通っていた小学校の教室に俺はいる。


「またこの夢……」


 何もできなくて、ただ見ていることしかできなかった俺の子供の頃の夢だ。

 

 あの時、どうして助ける事ができなかったんだろう。どうして何もしてあげられなかったのだろう。

 そんな押し寄せてくる後悔にうなされ、俺は今日も同じ夢の中にいる。


 俺にとっては、当時を忘れさせないための戒めのような夜。

 この夢を見るのはもう何回目かもわからない。俺は当時の事をずっと忘れずにいる。

 

 俺は、自分が嫌いだ。

 それは高校生になった今も変わらない。

 臆病だったあの頃の弱い自分、その時の光景が夢を通して浮かんでくる。

 

 こう何度も同じ夢を見ると、自然とこれは夢なんだと気付ける。この後、自分が目を覚ます流れも目に見えている。


「おっ、もうそろそろか」


 もうすぐ、この夢も終わる。

 

 ほら、目の前の光景がどんどんと小さくなって真っ白になっていく。周囲のすべてが白に染まれば、俺はやがて目を覚ますのだ。それがこの夢を見た時の流れ。


 夢の中で俺は眩しさに負けて瞼を閉じる。


「…………」


 そうだこの感覚だ。次に目を開けば、いつもの俺の部屋。


「…………」


 まだ夜が明けない一室で、俺は一度、目を覚ます。

 その後の二度寝が密かな楽しみでもある。


「……あれ?」


 おかしい。いつもの夢と明らかに違う。

 目が、覚めない。


 なんだ瞬きをしても、視線の先に広がるのは夢の中にいるときと同じ白い空間。けれど、昔を思い出す光景が全く見えない。

 普段なら、この夢の後は目を覚まして自室の天井とご対面するはずなのに。


「まだ、夢の中って事か……」


 こんな事は初めてだ。

 おそらく、セットした目覚ましのアラームが鳴るまでは、まだ随分と時間には余裕がある。


「仕方ない……。目が覚めるまで待つか」


「ようやく、見つけたぞ」


「え?」


 今、自分以外の声が聞こえたような。

 夢の中で俺は周囲を見渡す。


「いや、まさかな」

 

 目の前に広がるのは白い何もない空間のみだ。


「何をキョロキョロしておるのじゃ」


 今、微かに女の人の声が聞こえたような……。


「いや、気のせい……だよな」


 俺は不気味な現象に身震いし、目を瞑って現実の俺が早く目を覚ます事だけを祈る。


「気のせいではないぞ人間」


「!」


 今のは……。今度こそはっきりと聞こえた。


 嘘、だろ。


 俺はその声に、目を見開く。


「だ、誰だ!」


 やっぱり、俺以外の声が聞こえる。あり得るのか、こんなこと。

 ただ声みたいなものが聞こえるような感覚だけならまだいい。なのに、こうはっきりと俺と対話するように聞こえるのは不思議だ。


「この声はどこから!」


「そう怯えるな。害を加えることはせんぞ」


 声は聞こえるのに、周りには人の影一つない。

 一体、どうなっているんだ!


「そんなに難しいことではない。妾が実態を持たぬだけじゃ」


「なっ!」


 心が読まれた?

 たった今頭の中で考えた事にも咄嗟に答えられる事から俺はそう判断した。


 これが夢なら有り得なくはない……けど。でも、こんなにもはっきりと他人の声が聞こえたのは初めてだ。しかも、聞き覚えのない声が聞こえる事なんて、あるのか。


「ほう、意外と鋭いではないか。お主、その歳の割に理解が早いとみえるな。頭の切れる相手は嫌いではないぞ」


 すると、何もない空間に一筋の光が現れた。


「うわっ! な、なんだ! これ!」


「そう慌てるな」


 宙に浮かぶそれは徐々に俺の方へと近づいて来る。

 そして。


「!」


 光は瞬く間に一帯を包み込んだ。


「目を開けてみよ。人間よ」


「えっ」


 眩しさから避けるよう目を瞑っていると、先程よりもはっきりとした人の声が耳に届く。

 俺はゆっくりと目を開いた。


「あっ」


「これなら少しは話やすかろうて」


「だ……誰、ですか?」


 するとそこには、俺よりも少し小さな金髪ロングの女の子が立っていた。


「っ!?」


 しかも、一糸纏わぬ霰もない姿で。


「ふむ、この魔力ではこれぐらいが限界か……」


 その口から発せられる声は、先ほどから聞こえる声と全く同じもの。彼女は自分の姿を見ながらそう言った。


 だが、今はそんなことはどうでもよかった。

 俺は必死に自分の視界を塞ぐ。


「ん? どうした人間。なぜ顔を隠しておる」


「な、なんで裸なんですか!」


 俺は肌が露わになった金髪の少女を目に収めぬように両手で顔を覆っていた。


「別に妾は気にせんぞ? この方が楽で良い。ところで人間よ」


「勝手に話を進めないでください!」


 なんでそんな悠長に話していられるのか、俺には理解不能だった。


「とりあえずこれ着てください! 色々とアウトですから!」


 俺は夢の中で着ていた愛用のパーカーを脱いで差し出す。


「何をそんなに慌てておるのじゃ?」


「いいから着てください!」


「仕方ないの〜」


 金髪少女は俺からパーカーを受け取り、嫌々ながらもなんとか袖を通してくれた。

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