魔王様が人差し指に宿ったモブキャラの俺に友達ができるまで

桃乃いずみ

第1話 プロローグ


 高校の入学式当日。俺――柴崎伊織しばさきいおりは、高校生活最初のイベントを特に何も無いまま終えた……はずだった。


「おいこら! てめぇ何邪魔してくれてんだよ」


 あー、やっぱりこうなるよな普通。


 人気のない路地で、俺は胸ぐらを掴まれている。目の前にはメンチを切る俺よりも背の高い男がいる。

 学ランの袖から覗く腕のゴツさから、余程喧嘩の腕に自信があると見えるな。


「誰だか知らねーけど、下手に首突っ込むと痛い目見るぞー」


 正直こう言う事には慣れている。

 後ろに控える奴が言う通り、この後に俺が痛い目に遭うのは目に見えている。

 そんなの一度や二度ではない。


「その人、この辺りじゃ有名な人だからな」


 控える数人の取り巻きが、俺をニヤニヤとした目つきで挑発をしている。その後ろには、震える一人の女生徒がいた。

 制服のリボンの色が赤色ということは、俺と同学年なのだろう。


 どうやら、今回は随分と名の知れた不良にちょっかいをかけてしまったらしい。

 それでも、この状況を見てつい引っ張られるように間に割って入ってしまうのがイキがったモブというもの。別にイキがっているつもりはないが、周りから見たらそう見えるに違いない。


 俺はあの子の彼氏でもなければ友達ですらない。けれど、路地の方から怒鳴り声が聞こえた時、動かずにはいられなかった。

 現状を見れば、女生徒が周りの見ず知らずの不良に絡まれていたのは明白。

 不良たちの目には、俺が出しゃばった高校生にくらいしか映らないだろうな。


「おい、聞いてんのか!」


 目の前にいる不良が、俺に向けて言い放つ。


 普通に考えれば、武芸の心得のない俺なんて一捻り。一方的に殴られて終わりだ。

 でも、女の子が隙をついて逃げてくれるのなら。それくらいの役には立てるはずだ。


『なにをそんな弱気になっておる。伊織よ』


 すると、頭に直接そんな声が聞こえてきた。

 俺は、その人物に聞こえるように心の中で語りかける。


『だって、ここにいる全員を倒すなんて絶対に無理ですよ』


『では、どうしてお主は今ここにいるのじゃ』


「それは……」


 ぽつりと、俺は心の声を漏らす。


『何のために妾の忠告も聞かず、この場へと走ったのじゃ』


『そんなの、決まってますよ』


 困っている人を、助けたかったから。


『どうして、助けようとする』


 過去の俺と……決別したいと思ったから。


 高校に上がって、少しテンションが上がっていたのかもしれない。何か変えられるんじゃないかって。


 俺にできることなんて、大したことじゃない。けれど、何もせずに後悔だけはしたくなかった。


「さすがに、不良を相手にするのは初めてですけど」


『お主は変わっておるな』


 俺に語り掛ける少女の声。ディア様がため息をついた気がした。


『仕方ないのう。お主だけが痛い目に合うのは妾も本意ではない』


 その瞬間、不良の拳が振り上げられた。


「さっきから、なにブツブツ言ってやがんだ!」


 俺の顔面に、その拳が殴り掛かる。


「っ!」


 俺は、覚悟して目を瞑る。


 その時、俺の人差し指だけが無意識に動いた。


『少しだけ、妾の力を貸してやろう。異世界の第三の魔王がな』


 指に吊り上げられるように、腕ごと宙へと引っ張りあげられる。

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