第四世界 数奇なフリージア第十六話

 …その話は、その場にいる全員を黙らせるには十分すぎた。誰もが俯き、口を閉ざす。

 静寂の中、享楽きょうらが口を開いた。


「…警備は、大抵の街にはその地域を担当しているクランの警備があるでしょう?」


 その言葉に蜘蛛は苛立ちながら答えた。


「当時。そこの担当のクランはなぜか、内輪で揉めてたらしく、警備なんていなかったよ。」


 畳み掛けるように捲し立てた。


「大体、お前らは何をしてたんだ!猶予はあったんだ。一家が強盗に入られてから一週間程はな!」

「それは…でも…」


 享楽が何かを言い返そうとしたがそれに被せるように蜘蛛が声を荒げた。


「それ以上に!…見て、守ってくれと、言われていたのに!…ただ何もできず、見ていることしか出来なかった…俺に一番腹が立つ。」


 その言葉、誰よりも重く、誰よりも強かった。

 話を聞い、シキさんが少し疑問を持った。


「ちょっと待って。じゃあ、なんで君はここにいるの?」


 …確かに、まだ疑問が残る。

 

 もう、ここには干渉できないはずの蜘蛛が、なぜ今ここいる。

 さらに、どうやって少女を操っていたのか。


「…それは、ある奴にもらったんだよ。俺がこの現世に干渉できるようになる物を。」


 その発言に、シキさんと僕が勘づいた。


「アーティファクト?」

「なんだ知ってんのか。あぁそれだ。アーティファクト『純白の人形ブランシュ・マリオネット』対象につけると、そいつの全てを操ることができる指輪だ。」


 蜘蛛の発言には、聞きたいことが山ほどあった。


「詳しく教えてくれ。」


******


 これは雛心が完全に壊れた時…


「なんでだ!なんで俺はあそこに行かない!

クソ!クソ!クソ!」


 霊界で俺が荒ぶっている時、そいつは唐突に現れた。


「困っているんですか?」


 不意に声をかけられ、荒ぶりながら、声をかけられた方を見た。

 …しかし、なぜか誰の姿も見えなかった。


「誰だ?」

「いえ、とても困っているご様子でしたので、少々声をかけさせていただきました。」


 どこからともなく聞こえてくる声に、耳を傾けることにした。


「なんの様だ?」

「単刀直入にいいますと…私なら、あなたの望みを叶えられますよ。」


 その言葉は、今の俺にとっては、新しく出たわずかな希望だった。


「本当か?」

「まぁ実際は叶えるというより、お渡しする。なんですけど…」


 すると、どこからともなくある指輪が出て来た。


「少し説明しますと、今からあなたに、アーティファクトと呼ばれる物をお渡しします。これは『純白の人形ブランシュ・マリオネット』あなたの魂を、もう一つの指輪の持ち主の体とリンクさせる物なんです。」

「早くくれ!」


 目の前にある、唯一の希望に思わず手が出てしまった。


「まぁ待ってください。これにはリスクもあるんですから。」

「リスク?」

「…はい。これはあなたの魂ともう一人の持ち主の体をリンクさせる物。」


 すると見えない声の主は、言いづらそうに答えた。


「…魂だけの存在のあなたが使うと…もう、この霊界には戻ってこれず。さらに、もう一人の持ち主が亡くなってしまった場合。本来、永遠の存在であるあなたも、亡くなってしまいます。」


 本来、永遠に生きられるはずのこの命を天秤にかける。という大きなリスクを前に、それでも即座に答えた。


「渡してくれ。」

「本当によろしいのですね?」


 覚悟は決まっている。


「あぁ。」


 そういい手に指輪をはめた。そうしてそいつは雛にも指輪をはめた。

 その瞬間、俺の魂が雛の体に乗り移った。


「ーッ!!」


 乗り移って最初に感じたのは…雛の最後の感情だった。

 

 その感情は、表すならどこまでも深い海の底、孤独に、冷たさに、圧力に、ただ押しつぶされているかの様な。


 その瞬間、俺は周囲に無数の糸を飛ばした。

…激しい轟音と流れる水の音。…広い荒野の上で、俺は誓った。

 

 「…俺は、この世界にある全ての面を手に入れ、雛が笑って暮らせる世界を願う。」


******


 …その言葉はやはり重く。

 

 僕は多分…この人と対峙した時、勝てない。


「アーティファクトを渡して来た人って、どんな奴かわかる?」

「いや、姿すら見えなかったよ。」

「じゃあ、今アーティファクトって持ってる?」


 そう聞くと腕を出し、指輪を見せて来た。


「片方は俺が持ってる。もう片方は雛が。」


 そう聞くと、またシキさんが考え込んだ。その間も、真幌まほろは黙ったままだった。

 そんな中、享楽きょうらが口を開いた。


「…だとしても、人を殺すという選択はないでしょう…」


 そう言う享楽に、蜘蛛が言い返した。


「誰も雛を助けなかったんだ。お前にどうこう言われる筋合いはない。…お前もな。」


 そう黙り込んでいる真幌に、嫌味を言い放った。それに庇う様に享楽が言い返した。


「僕はともかく、真幌さんは仕方がなかったんです。」

「はぁ?」


 いきどおる蜘蛛に享楽が説明した。


「真幌さんはその時期、クランを脱退するために争っていたんです。」


 真幌を庇おうとしたその一言が、再び蜘蛛に火をつけた。


「お前…今なんつった?」

「だから、真幌さんはクランを脱退するために争って…あっ」


 享楽も話していく内に、気づいてしまった。


「…雛の住んでいた地域の担当クランは、エンペラーだ。」


 その言葉で、その場の全員が気づいてしまった。

 雛達の家の近くの警備員がいなかったのは、担当クランが内輪で揉めていたから。

 …そう、つまり。雛達が襲われたのは…真幌がクランを抜けようと、争っていたからだ。


「お前が!お前がぁ!!!」


 蜘蛛が真幌を襲おうとし、それをシキさんが鎖で止めたが、それでもまだ真幌を襲おうとした。


「お前だけは許さない!お前だけは!!」


 この場は静まり返っていた。蜘蛛の怒りが辺りを満たし、

 …僕らは何にも言えなくなっていた。


 真幌はただうずくまり、頭の中でこれまでに言われて来ていた言葉を反芻していた。


「僕は…僕は…なんてことを…」


 …ただ自分が救われたくて、自分を救ってくれた少女を犠牲にして…

 

 心の折れかかった真幌を見て、蜘蛛は呆れるように空に不満を溢した。


「…恩を仇で返すとは…まさにこのことだな。雛…お前はなんで、こんな奴を救ったんだ?…なぁ、愚かな純白の少女フリージア

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