第四世界 数奇なフリージア第十五話

 …ある日、いつものように、みんなに辞めたい旨を伝える機会を伺っていると、とある話が舞い込んできた。


 …それは、あるクランが神と戦争をすると言う話だった。さらに、なんとそれは勝てば神が願いを一つ叶えてくれるらしい。

 

 それは橙子にはまたとないチャンスだった。そう。このくだらない…人々の醜い戦いを終わらせられる。そう思い、俺たちはそのクランに協力することになった。


 その後は知っての通り、俺たちを含め、四天王と呼ばれる最強クランたちの最大戦力で挑み、…全滅した。

 

 …それは橙子も例外では無かった。

 

 全力で戦った。全力で戦った上で蹂躙されたのだ。

 神の使徒がここを離れた時、ここには荒野しか残っていなかった。

 …雛菊の丘の上で、橙子が横たわっていた。


「橙子!おい!橙子!」

「は…はっぁ、…ごめんね。負けちゃったよ。」


 腹に大きく穴の空いた橙子は、…俺がどんなに止血をしても、血が止まることはなかった。


「意識があるならしゃべるな!」

「はっ…はぁ…もう無理だよ。」

「バカを言うな!黙ってろ!お前は生きるんだよ!あいつらどうすんだよ!子供と…あの男と…家族と暮らすんだろ!?」


 血が止まることはなく、…ただ橙子の体温が低くなるだけだった。


「また…俺に、くだらないこと言って、俺がお前にキレるんだろ!?」


 俺が叫んでいると、そっと手を上げ、掠れた声で話してきた。


「…ねぇ、私の最後のわがまま…聞いてくれる?」

「あ"ぁ?何言ってんだ!最後なんて言ってんじゃねえよ!お前のわがままぐらい、いくらでも聞いてやる!…だから最後なんて言うなよ。」


 …もう指も動かせないくらいに、力の残ってないのに…

 橙子は木に体重を乗せ、起き上がった。


「…ねぇ、お願い。あの人を…雛達を…私の家族を…見守ってくれない?」


 息が荒く…か細い声で…橙子が俺に初めて、願いを伝えてきた。


「それは、お前が…」


 被せるように橙子が続けた。


「はぁ…はぁ…お願い。私の代わりに…あの子達を見守ってくれない?」


 色んな感情が俺の中に溢れ出た。

 けれど、初めて感じるその感情達を、俺は説明できなかった。

 …それでも、これだけはわかった。


「…あぁ、わかった。見てやる。お前の分まで。そして守ってやるよ。…お前よりな」


 そう伝えると…橙子は目を瞑り、笑顔でそっと息を吐いた。


「…ありがとう。」


******


 それから俺は、持ち主が死んだことにより、霊界に送還され、現世を覗くことしかできなくなった。

 それでもよかった。俺は約束通り、ずっと橙子の家族を見守った。


 …だが、ここで話は終わらない。

 

 いつものように…たわいもない、平和な生活をのぞいていた。

 …なんとなく家族の人柄がわかってきた。

 橙子の旦那は、かなりのお人好しだ。困ってる人が居たらどこまでも協力するし、明らかな詐欺にも引っかかる。かなりだめな部類だ。

 …まぁ、なんで橙子があいつを選んだのかは、なんとなくわかった。


 そんなある日、事件は起きた。


「お父さんどうしたの?」


 妹と一緒にお父さんと遊んでいると、お父さんが上の空だった。


「…いや、ごめんね。最近外が物騒だから、雛達はあまり外に出ないでね。」

「うん。わかったけど…唐突だね。今、人生ゲーム中だよ?」

「えへへ…」


 手を頭にやり、なぜか照れているお父さんに若干呆れていたその時、突然インターフォンがなった。

 玄関が叩かれ、人の声が聞こえた。


「開けてくれ!助けてくれ!」


 人の助けを求めるような声に、お父さんはすぐに玄関に向かっていった。

 それに続くように、私もチラッと玄関の方を覗きに行った。

 

 それにしても、少し不思議に思った。

 助けを求めている人にしては、あまり必死さがたりない。…それになんであの人はあんなに大袈裟に叫んでいるんだろう。

 だって、誰かに追われているなら、バレないように小さい声で助けを求めないといけないし。

 所々見つかるおかしな点に、少し不思議に思っていると、お父さんが玄関の扉をあけた。


「大丈夫ですか!?」


 …玄関の外には、声を出していた人以外に、なぜか二、三人程の大きな男の人がいた。


「あぁ、今大丈夫になったぜ。」


 そして声を出していた男が、銀色の何かでお父さんを突き刺した。

 そのままお父さんは、その場に倒れ込み、大きな男達はズカズカと家に入っていた。

 

「金目のものを盗め!」


 男達は、そのまま慣れている手つきで家を物色してきていた。…つまり強盗だ。

 私は、目の前の出来事で、頭が真っ白になりかけていた。

 

 お父さんが…お父さんが…


 その場に座り込み、ただ震えてうずくまり、隠れていようとした。

 そんな時、お母さんの言葉が頭をよぎった。


ひな、あなたはお姉ちゃんなんだから、きくを守りなさい。」


 その言葉を思いだすと、足に力が入り、そっと立ち上がった。

 そして倒れているお父さんを尻目に、菊のもとに向かった。

 …しかし、菊を探しにさっきの部屋に戻ると、菊はもう見つかってしまっていた。


「あれ?もう一人いるじゃん。」


 そして私も見つかってしまった。すぐ菊を取り戻して逃げようとしたが、背後にいた男に薬品の染みている布を口に当てられ、意識を飛ばされた。


・・・・・


 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。

 高い窓に、錆びた水道、目の前には鉄格子。おまけに手足は鎖で壁に繋がれており、逃げることすらもできない。

 鉄格子の外を見ると、家を襲っていた強盗の男達とその仲間のような人たち、約十人ほどの人が集まっていた。


「お、目を覚ましたのか?」


 私の様子を見に、一人の男が近づいてきた。


 不安、恐怖、色んな感情を押し殺してでも聞きたいことがあった。


「菊は、菊はどこにいるの!?」


 その発言に、意外だったのか男が笑った。


「…お前はすごいな。俺は長年子供を攫ってきたけど、大抵のやつは泣くか、助けてを呼ぶか、助けてと懇願するかのどれかだった。普通、自分を守ろうとするのに…お前は他人の心配か、」

「妹よ。」


 話に相槌を打つ少女に、男は少し興味が湧いた。


「おお、これはすまねぇな。妹が心配か?」

「ええ、心配よ。妹はどこにいるの!?何をするつもりなの!?」

「まぁ落ち着けって。」


 そう言いながら男は、「どうやったらこいつの顔を歪ませれるか」と考え、タバコに火をつけ、私に説明してきた。


「まぁ、お前らを誘拐したのは人に売るためだな。」

「売る?」

「あぁ、知らねえか。お前ら子供ってのはそれだけで価値があるんだよ。例えば、奴隷、労働力、臓器だったり、実験用だったり、後は…まぁ特殊な趣味の人によるサンドバッグとか性処理用とかかな。」


 どうだ?これでお前も、少しはその強情な顔が歪むだろ?…と思っていたが、少女はまだ折れていなかった。


「待って、私が…私が全てやるから。私がなんでもする…私にできることならなんでもやるから。お願い菊を…妹を助けて。」


 ここに来ても折れないその少女に、少し笑えてきてしまった。


「ふっはは。いいぜ、約束だ。お前が折れない限り、俺はお前の妹に手を出さない。」


 この時少しだけ、心が安堵した。

 私は絶対に妹を守る。私はこの一縷の望みに、すべての希望をかけた。


 ・・・そこからはあまり記憶がない。わかることと言えば… 

 ただ…ずっと寝ていたいと思うくらいだ。


 その日から、私は壁に繋がれていた鎖を外すされ、その代わりに足に大きな重りをつけられた。

 その後、私は悲惨な部屋の掃除から、給仕、遺体の処理などの雑用をやらされた。

 手が凍るように冷たく、重い荷物は肩を脱臼させ、死臭は嗚咽を。…でも、それですらまだ楽だった。

 

 …夜は、男達の相手をした。いや夜というよりかは、ほとんどの時間、それをした。

 中には私をサンドバッグのようにすると人も。

 私が腹を殴られ、吐き出してしまった時にはより殴られ…ろくな食事も、寝る時間さえ与えられなかった。

 

 …それでもで私は耐えた。


 私が耐えられれば…私が折れさえしなければ、菊は助かる。

 私はその一縷の希望を胸に、…ただ耐えた。


一日、二日、三日、・・・・・・一週間ほど経っただろうか。


 …もう、雛の心は壊れかかっていた。

 まぁ無理もないだろう。目の前で父親を殺され、見知らぬ男達に誘拐され、さらには大量の暴力。さらに言えば、雛はまだ子供だ。

 こんなの心が折れない方が不思議だ。そもそも、普通の大人でさえ、これに耐えることはできないだろう。

 むしろ、それなのに…この小さな女の子は、こんな状況でも妹を守ろうとする。この子は、本当に強いんだ。

 

 それでも、そんな子でも、心は壊れてしまう。

 少女は、ただ…ただ…希望が欲しかった。まだ、まだ耐えられるように。

 一縷の希望を見たかった。


 掠れた声で弱々しく、少女が求めた。


「…ねぇ、き、菊に合わせてくれない?一度、たった一度でいいから…妹に合わせて。」


 少女の弱々しい力を振り絞って求めた、渾身の要求は、男達を立ち上がらせた。

 男達が私の前に近づいて来ている時、とても不自然だった。

 本来、自分の奴隷がわがままを言ったら、所有者の行動は二つだ。一つ、要求を聞き入れる。二つ、怒りをぶつけられる。まぁ大体は後者だ。

 それなのに彼らは、くすくすと笑っていた。

…その不思議な行動に少女は何かを察してしまった。


「菊は、妹はどこなの!?」


 少女が声を荒げると、男達は大きく笑い出し、その中からあの日、私と約束した男が出て来た。


「ねぇ、どこなの?」


 そう聞くと、男はニヤリと不敵に笑いながら何かを取り出した。


「そうだな。どこって言ったら…空の上にでもいるんじゃねぇの?」

「…は?」


 心の底から意味がわからなかった。いやわかりたく無かった。

 男は徐にスマホを取り出した。


「…約束は?」


 その言葉はより一層、男達を笑わせた。


「ははっ、あぁ約束な。の約束な。安心しろ。俺はそいつに手を出してねぇよ。」

「それは…どういう…」

「察し悪りーな。俺とお前だけの約束だ。他の奴らがお前の妹をどうしようが、関係ねぇだろ?」


 なにを言っているんだ。こいつは…それは…それはないだろう。

 

「あぁ、でも安心しろ?俺は優しいからさ。動画もらったんだよ。ほら。」


 そういい、取り出したスマホを開き、映像を見せて来た。

 …それは、男が何十人といる部屋に、妹が放り込まれている映像だった。

 ただ蹂躙され、人を物のように扱う…まさに地獄のようなものだった。


「傑作だったぜ?お前の妹さぁ、初めは、「お姉ちゃん、お姉ちゃん、」って喚いてたのに、十分くらい経つともう、「…ゥ……ァ」とかしか言わなくなったんだぜ?あっはっはっ、」


 一縷の希望が一瞬にして踏みにじられ、雛は言葉を発する力すら残っておらず、…ただ何かが壊れる音だけ聞こえて来た。


「まぁ三時間で壊れちまったらしいぜ。もうあの世だ。」


 この瞬間、少女の心は完全に壊れた。

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